“プレー経験ゼロ”から世界へ

日本時間の6月12日に開幕した『FIFAワールドカップ2026』に、島根・松江市出身の審判員が挑む。
その名は三原純さん、副審として20年以上のキャリアを積んできた。
しかし、彼には「異色」の経歴がある。
「もともとサッカーの選手、プレイヤーとしての経験は全くなくて」と本人が語るように、本格的な競技経験はゼロ。ボールを蹴るのも得意ではないという。

そんな三原さんが、なぜ世界最高峰の舞台に立つことになったのか。
その原動力は、ルールへの飽くなき「探求心」にあった。

1998年フランス大会が契機 「なぜファール?」ルールの謎に魅せられる

三原さんが審判に興味を持ったきっかけは、高校生の時に見た1998年の『FIFAワールドカップ』フランス大会だった。

「見始めたらおもしろいなと思う反面、ルールがよく分からないなと思って。規則とか理屈の方から入るタイプだったので、『何でこれがファールだろう』とか、『何でこういうのがイエローカードになったんだろう』とか、サッカーのルール、競技規則の方に興味が芽生え始めた」と語り、プレーそのものではなく、ルールの複雑さと論理に惹かれたという。
それが、20年以上に及ぶ審判人生の出発点だ。

競技者としてではなく、いわば「競技規則の探求者」としてサッカーの世界に飛び込んだ三原さんのキャリアは、地域のピッチから国内トップリーグへ、そして国際舞台へと着実に積み上げられてきた。

複雑なルールに好奇心 三原さんの探求心を刺激
複雑なルールに好奇心 三原さんの探求心を刺激
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「ミリ単位の判断を瞬時に…」 副審の醍醐味と厳しさ

副審の仕事は、主審の傍らでオフサイドの判定やボールのライン割れを判断することだ。
一見シンプルに見えるが、その実態は精度との戦いである。

「本当にセンチ単位、ミリ単位の判断をしなければいけないケースもある」…三原さんはそうした瞬間の難しさを認めつつも、それこそがやりがいだと言う。

「後で自分で映像で振り返った時に、ちゃんと正しいことが出来ていたなと思えた時のやりがい、達成感が今につながっていると思う」という言葉には、自己研鑽を続けてきた者の静かな自信がにじむ。

現在は、J1の試合や海外の試合でも副審を務め、5月24日に東京で行われたJ1の特別大会でもピッチに立っている。

国内でもトップレベルの審判員として活躍する三原さんにとって、ワールドカップ本戦への選出は、そのキャリアの集大成と言える。

副審の醍醐味を語る三原さん
副審の醍醐味を語る三原さん

世界の舞台へ…日本からはわずか2人の選出

今回のワールドカップでは世界から主審52人、副審88人が選ばれた。
日本からの選出は、副審の三原さんと主審の荒木友輔さんの2人のみだ。

「主審が1人いて、副審が2人います。現場3人でコントロールする意味から、FIFAも同じ試合をできれば同じ国で少なくともその3人は組ませたいという意向をずっと持っていて、3人まとめて呼ばれている国も他にたくさんあった中で、日本からは2人しか行かない、みんなではいけないんだ」と、喜びと同時に、三原さんは複雑な心境も明かしている。

審判チームは主審1人・副審2人の3人で1つの試合を担う。
本来であれば同じ国・同じチームで臨むのが理想だが、今回の日本はその3枠を埋めることができなかった。
その現実は、三原さんにとって素直な喜びだけでは語れない事実でもある。

「審判としての人生を懸ける」 代表選手と同じ“頂点”を目指して

夢に見た舞台は、しかし保証された舞台ではない。
実際にピッチに立てるかどうかは、現地でのトレーニングの結果次第だという厳しい現実がある。

それでも、「結果的にどんな役割が与えられるか分からないが、これまでやってきたことを全部出し尽くすんだと、私もそこに審判としての人生キャリアを懸けるつもりで、全身全霊で取り組んでいきたいなというふうに思う」と語る三原さんの言葉には、迷いがない。

「ワールドカップ優勝」を目標に掲げる代表選手と同じように、審判もまた高みを目指す。
サッカー経験ゼロから始まり、ルールへの探求心一つで世界最高峰の舞台をつかんだ島根・松江の審判員が、いよいよその集大成を迎えようとしている。

その後、三原さんは開幕2日目、日本時間13日に行われるアメリカ対パラグアイ戦で、控えの副審を担当することが発表された。
主審、副審、第4の審判員が負傷した場合などに交代して審判を務める。

TSKさんいん中央テレビ
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