「孫は大きな希望の光」・・・ 震災で父を失った息子が祖父の農業の後継者に

農作物の収穫に励む吉田凜之介さん(24)。
祖父母が営んできた農家を継ごうと2020年7月、故郷・陸前高田市に戻ってきた。

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吉田凜之介さん:
疲れますね、やっぱりしゃがんでると腰が痛くなるし。孫になって味が落ちたと言われるのは嫌なので、頑張ります

震災当時中学2年生だった凜之介さんは、地元の高校を卒業後、神奈川県の大学へ進学。
野球に打ち込む日々を送り、卒業後は盛岡市内の広告代理店に勤めていた。

吉田凜之介さん:
会社に入ってなんかパッとしないというか、なんか心残りというか…。地元に帰ってきたいというのはずっと前からあって。お父さんが好きだったので、お父さんがやりたかったことをやりたいなと

市内で団体職員として働いていた父・利行さん(当時43)。
震災の津波に襲われ、今も行方が分かっていない。
凜之介さんの祖父母にあたる税さんとエイ子さんは、利行さんを失った悲しみを抱え続けてきた。

凜之介さんの祖父・吉田税さん:
いつまでも引きずっていくのか、どこかで踏ん切りをつけて生きていくのか、そこの判断がなかなか難しい

凜之介さんの祖母・吉田エイ子さん:
まさかこんなに不幸になるとは思わなかった…。息子に先に逝かれるとは

あれから9年、2人は、凜之介さんが農家を継ぐと言い出すことを想像していなかったという。

凜之介さんの祖父・吉田税さん(89):
本当に降ってわいたように「じいちゃん、俺農業やる」って言うから、人生の中で、悲しいこともいっぱいあったけどね、大きな大きな希望の光みたいなもの

凜之介さんの祖母・吉田エイ子さん(81):
びっくりした、本当に(農業を)やる気かって。まさか孫がやるとは思わなかった

自分で作った作物をお客さんに喜んでもらえる味を目指す

晩秋を迎えたこの日、凜之介さんと税さんは収穫間近となったトウモロコシの状態を確認していた。

凜之介さんの祖父・吉田税さん:
このハウスは全部 ”無農薬”

無農薬にこだわり続けてきた税さん。育て方を凜之介さんに伝える。

吉田凜之介さん:
まだまだですね、甘みが強いらしいので、もっとパンパンになるはず

税さんは今、40種類以上の作物を育てている。

凜之介さんの祖父・吉田税さん:
シャインマスカットとか剪定の技術がまだ分かっていない。まだまだこれから勉強しなきゃ

吉田凜之介さん:
(税さんは)見えないところで、色んなことやっていたと思うので、大変さが余計に分かった

隣の大船渡市で定期的に開かれる朝市。
凜之介さんは毎回、エイ子さんと共に店を出している。

10月30日は、収穫したばかりのブドウや野菜の苗、エイ子さんお手製のヨモギ餅などを販売していた。
凜之介さんが参加するようになって2カ月程。顔なじみも増えてきた。

買い物客:
いつもエイ子さんにはお世話になっているが、後継者がいて頼もしい

買い物客:
うれしい。自分の孫みたいな

吉田凜之介さん:
今回も売れるかなと思っていっぱい持ってきたので、売れて良かった。これからしっかり自分で作ったものを出して、お客さんに喜んでもらえたら良い

農業でも少しずつ、知識や技術を身に付けつつある。

吉田凜之介さん:
だいたい味は出てるはずなので良いと思います。今年はちょっと小さい。おじいさん(税さん)が肥料のタイミングがちょっと遅かったって言ってたので

二人三脚で教えを引き継ぎ、来年の自立を目指す

成長する孫の姿に、税さんの期待は膨らむばかり。

凜之介さんの祖父・吉田税さん:
希望みたいなものが出たから、このごろ楽しく働ける。孫と一緒にどこまで二人三脚していけるか、辞める前に持ってる技術を全部伝えたいと思っている

吉田凜之介さん:
来年から自分でやるような形になるので、できるだけ自分で体を動かして、畑も耕して、全部自分でやれるようになりたいですね

震災から10年目。
凛之介さんは故郷、そして亡き父を思いながら税さんと共に未来への歩みを進めていく。

(岩手めんこいテレビ)