31年ぶりの継承と覚悟
5月1日、広島の和風堂で上田宗箇(うえだそうこ)流の家元継承神事が31年ぶりに行われ、16代・上田宗冏(そうけい)氏(80)の跡を継ぎ、長男の上田宗篁(そうこう)氏(47)が17代家元に就いた。就任の言葉には強い覚悟が滲む。「自分の命をこの伝統文化を継承するために使い切る」。上田宗箇流は広島藩浅野家に伝わる茶道で、約400年の歴史を持つ。
反発と舞台へ向かった青春
1978年生まれの宗篁は、小学生のころには祖父・宗源氏から茶道の手ほどきを受け、14歳で元服し、若宗匠となった。しかし、心の奥には反発があり、「将来が決まっている」ことへの違和感から、広島を出たいと思い始める。東京の國學院大學に進学。17歳から、のめり込んだダンスを本場で試す道を選び、プロダンサーとして国内外の舞台で活動する。
ダンスで得た自信が家業と向き合うきっかけに
肩書きのない自分で成果を出せる実感が、家業と向き合うきっかけになったという。2007年に広島へ戻り、若宗匠として、家業を最優先にしつつ、地元でダンス指導に携わる日々を送った。
がんと新たな視点
転機は2017年、右太ももに約7cmの悪性腫瘍が見つかった。手術によって死ぬ可能性もあると告げられ、「死ぬかもしれない」という経験は自身の考え方や生き方にも大きな影響を与えることとなる。以後、正座が難しくなり、机と椅子を使う立礼式で点前を行うようになる。この体験を通じて「自分が足が不自由になって初めて、同じように足の悪い人の気持ちが分かった」と語る。以来、今まで以上に、より多くの人が楽しめる茶の湯を目指すようになった。
新たな挑戦や国際舞台での発信
コロナ禍の2021年には、屋外で野だてを行い、安心してお茶を楽しめる機会を模索した。2023年のG7広島サミットでは各国首脳のパートナーをもてなし、茶を通して伝統文化を国際社会に発信した。
日常に寄せる場づくりとデジタル発信
門弟は学生や海外を含め4000人~5000人に上るとされる上田宗箇流。一方で、全国的に茶道人口の先細りは課題である。そんな中、昨年、広島城・三の丸に宗篁氏が監修したカフェをオープン。釣り釜や床の間、香炉などをさりげなく取り入れ、日常の中で、伝統に触れる機会をつくっている。SNSも積極的に活用し、茶摘まつりなどの様子を発信して、若年層や海外へのリーチを拡げている。
継承の日に示した配慮
継承当日、父の宗冏は「支持されることが大事。彼がチャレンジしていくしかない」と語った。披露された広間「敬慎斎」には、椅子に座ったままでも正座と同じ目線で茶を楽しめるよう、畳を切って足を下ろせるスペースが設けられており、時代を先取る、実用性を重視した改修がなされている。
変えることも守ることの一つ
宗篁氏は継承について「今あるものをそのままやることではない。未来に残すために何をすべきか、時代に合わせて考えて動いていきたい」と述べる。プロダンサーとしての挑戦、がんを患った経験を活かし、伝統を次世代へつなぐ取り組みは続く。
テレビ新広島
