生きるために人工呼吸器や痰の吸引などが欠かせない子どもたち。医療的ケア児。福岡では2025年、医療的ケア児を巡る痛ましい事件も起きた。「介護ではなく子育て」と話す母親の思いを取材した。
「介護ではなく子育て」息子への思い
「佳くん、パンツ替えるよ。その後、呼吸器を付けようね」と息子に優しく語り掛けるのは、福岡・春日市に暮らす角由希子さん(47)。

11歳になる息子の佳明くんは、脳に重い障がいのある医療的ケア児だ。

「佳くん、しっかりした呼吸が、なかなか自力では難しいのもあって…。なんかちょっと動こうと思って動いたけど、力のコントロールができないから、発作に繋がることもあるんですよね」と話す由希子さん。

インタビュー中にも佳明くんが少し動くと「あ、どうした佳くん?」と由希子さんは、細かな動きも気に掛ける。佳明くんは、目蓋も自力では閉じられないため、2時間ごとの目薬も欠かせない。

12年前の2014年、佳明くんは、心臓が止まった状態で生まれた。

「赤黒いというか、なんか黒いものがサーッと運ばれて、すぐに蘇生を先生方がして下さって」と由希子さんは、当時を思い出す。早期の胎盤剥離が原因とみられ、NICUに入り、一命は取り留めた。

「夫が『笑ったりできるんですか?歩けるんですか?』って訊いたんですよ。そしたら先生が『歩けるというレベルの話ではないです』って言われたので『あぁ、もうかなり重度なんだな』とは思いました」(角由希子さん)。

自宅にやってきたのは、出産から9カ月後。当時は3歳になったばかりの娘も抱える由希子さんの日常は大きく変わった。

「夜はアラームが鳴ったらまず対応するというのと、2~3時間おきに起きて、体の向きを変えたり顔の向きを変えたり。訪問看護とか、訪問のヘルパーさんとかいたのは、そうなんですけど、もう私がしっかりしなきゃいけない、とにかく頑張るしかないって必死でしたね」(角由希子さん)。
医療的ケア児対象の支援事業所設立
人工呼吸器や痰の吸引、経管栄養などが日常的に必要な医療的ケア児は現在、全国に2万人以上。

5年前には、医療的ケア児とその家族を国や自治体が支えることを『責務』とした法律が施行され、支援拠点の設置や保育所、学校への看護師の配置、相談窓口の充実などが求められた。

「その当時、福岡市に申請に行って、何度も何度も市役所のこども未来局に行って…」と話すのは、看護師として医療的ケア児に携わった経験から、2015年に福岡市で初めての医療的ケア児を対象とした支援事業所『ひだまりのおうち』を設立した川津有紀さんだ。

「行政には『現場の声が届いてはいないかな』という実感はあります」(『ひだまりのおうち』代表・川津有紀さん)。

ひだまりのおうちには現在、21人の医療的ケア児が通っている。内訳は、医療的ケア児が17人。重症心身障がいのみの子どもが4人だ。

春日市に暮らす佳明くんも、そのひとり。週に3回、午前中から午後3時頃まで利用している。

「子どもは子どもらしく過ごせるように。そして、その後の成長を、自立を、何ができるかなという視点を持って、それを社会にちゃんと繋げていけるというところを大切に。皆さんが通える範囲で、15分~20分範囲に事業所が1カ所ぐらいあってもらえると…」(『ひだまりのおうち』代表・川津有紀さん)。

現在、福岡市内の未就学児・就学児対応事業所は16事業所しかない。
「生きる意味がない。一緒に死のうと」
そんな医療的ケア児を巡って2025年1月、福岡市で痛ましい事件が起きた。昼夜を問わない医療的ケアが必要だった当時7歳の娘の人工呼吸器を母親が外し、窒息死させたのだ。

『娘はいない方がいい、だったら私も生きる意味がないとなって一緒に死のうと』

裁判で福岡地裁は「疎外感や孤立感を感じ、心中に巻き込んだ」とした一方「張り詰めた緊張感のなかで、介護を何年も続ける肉体的、精神的疲労は察するに余りある」として、執行猶予付きの判決を言い渡した。

川津代表は「弱音を吐けないような環境になっていた。いいお母さんだった。一生懸命ケアをされていた。難しいと思うんですけど、ちょっとした愚痴とか『あー、もうきょうはやりたくない』とかいうことを言える方が(近くに)いたらよかったのかな」と事件を悔やむ。
「この子の命が私にかかっている」
佳明くんの母親、由希子さんも2年前、体と心が限界になった時期があったという。

「何て言うんですかね、佳明のことは大好きなんだけど、一緒にいると辛い。佳明と一緒に暮らしたいんだけど、いつまで頑張らないといけないんだという気持ちになったりもしました。きついと思うこと自体がいけないと思っていましたので」と話す由希子さん。

しかし周りの人たちから『もっと自分のことを大事にするべき』と声をかけられ、気持ちが少し楽になったという。それでも…。

「波はものすごくあります。2年前が多分、“底”だったと思うんですけど、そこからは少しは浮上してきているとは思うんですけど」。由希子さんは、精神的に辛い時など、その時々の感情をメモに残している。

『24時間、命と向き合い続けるプレッシャー』
『油断禁物、この子の命が私にかかっている』
『信頼できる人は誰?託せると思える人はどこ?』

「佳明の食事の仕方は、用語で言えば、注入っていう言葉で表現されるんですけど、私は、あれは佳明にとっての食事なので、口からじゃないけど『食べる』なんですよね。介護だとは思っていないんですよね。私の日々していることは“子育て”だと」(角由希子さん)。

「子育て支援という目でいろんな制度があると、それが引いては、一緒に住んでいる私たち親、ケアしている人の負担を軽くするのに繋がるんじゃないかな」(角由希子さん)。
深刻な支援の格差
2025年の事件を契機に、福岡市では、人工呼吸器が24時間必要な医療的ケア児を持つ家庭が、訪問看護を無料で利用できる上限を引き上げているほか、2026年度からは、修学旅行などに同行する看護師の費用を全額負担する制度もスタートした。

ただ、これは税収が豊かな福岡市だけの話で、今回、取材に応じてくれた春日市の由希子さんは「支援の地域格差をなくしてほしい」と強く訴えている。

支援事業所の川津代表は「出産直後から一貫して同じ担当者を付けるなど、切れ目のない支援体制の構築が必要だ」とも話している。課題はまだまだ山積みだ。
(テレビ西日本)
