広島県内の中山間地を訪ね、地域の暮らしに触れる“アポなし旅”。三原市大和町蔵宗で見つけたある看板を「ヒント」に、思いがけない出会いが重なっていく。里山を守り続ける人たちの思いとぬくもりを知った。
田んぼのあぜ道から始まる出会い
テレビ新広島の辰已麗キャスターが訪れたのは、三原市大和町蔵宗。人口約80人の小さな里だ。
地区の入り口に掲げられていた「ようこそ はとむぎの里へ」という看板。その言葉に背中を押されるように、辰已キャスターは農道を歩く。朝はひんやりとしていた空気も、日が昇るにつれてやわらいできた。
「この辺は田んぼが続きますね」
散策しながら周囲を見渡すと、田んぼのあぜ道に腰を下ろす男性の姿が見えた。
少し離れた場所から声をかける。
「こんにちは、何されてるんですか」
「泥を運びよる」
「そっち行ってもいいですか」
辰已キャスターは近くまで歩み寄り、さらに話を聞いた。
「もうすぐ稲を植えるから、準備しよるだけ」
目の前に広がる田んぼを見渡し、男性はそう説明する。
「これ全部、一人でならすんですか?」
「そうよ、そうよ」
蔵宗で生まれ育ったという男性は、「里がここじゃけね。どうしても、ここを守らんといけん」と話す。
入り口の看板について尋ねると、田んぼとは逆の方向を指した。
「ハトムギが有名で、この田んぼの向こうで作りよるんよ」
「今はシーズンじゃないんですよね?」
「稲が終わってから植えるんよ」
さらに「組合長の家があそこ」と、次に訪ねる場所まで教えてくれた。偶然の出会いが、次の出会いへとつながっていく。
約50年、受け継がれてきたハトムギ
辰已キャスターは教えてもらった家を訪ねた。突然の訪問に応じてくれたのは、西川正和さん(77)。
「あの、ハトムギの組合長だと伺って…」
「まあ、一応そうですけど」
蔵宗でハトムギの栽培が始まったのは、昭和50年代。田んぼの圃場(ほじょう)整備により、コメ以外の作物での転作が推奨され、ハトムギを育てるようになったという。
「次の年は稲を植えたらいけん。ほかの作物を植えようとなっていましたからね」
話を聞くうちに、「向こうにハトムギの倉庫があるので行ってみますか」と案内してくれた。
西川さんが組合長になって約20年。変わりゆく里の様子を、こう語る。
「昔はハトムギ生産者が20人くらいおられましたかね。今は5人くらいです」
高齢化で減っていく担い手。そのため、収穫などは共同作業で行われている。倉庫の外には大きなコンバインが置かれていた。
「この機械で刈るんですよ」
さらに、倉庫の奥から取り出してくれたのは保管されていたハトムギ。
「持ってみますか」
差し出された実を手にした辰已キャスターは、「軽い!カラカラですね」と、初めての感触に声を弾ませた。
ハトムギ茶で里山のおもてなし
この地区で約50年、大切に育てられてきたハトムギ。西川さんは誇らしそうに話す。
「ハトムギ茶は美容にも良いと言いますからね」
その一言で、辰已キャスターは思わず「飲みたいです!」とおねだり。
「ほんなら、家でいれましょうか」
案内された自宅の玄関先で、辰已キャスターが「入って大丈夫ですか」と少し遠慮がちに尋ねる。
「大丈夫です」
「おじゃまします!」
居間に入ると、こたつが目に入る。祖父母に会いにきたような、どこか懐かしい空気が流れていた。
西川さんが抱えてきたのは、麦茶パックのようなハトムギ茶。小分けされたパックが袋にぎっしりと入っていた。
「これがハトムギ茶ですか」
「そうです。ええにおいがするはずですよ」
鼻に近づけると、ほんのり香ばしい香りが広がる。
「麦茶より爽やかな香りがしますね」
辰已キャスターが話し終わるより先に、西川さんはさっと台所へ。急須にパックを入れ、お湯を注いだ。
「もう出とるじゃろう思うんよ。どう?」
差し出された一杯を、辰已キャスターが口に運ぶ。
「…あれ、ちょっと薄いかも」
思わず笑みがこぼれる。
もう一度お湯を注ぎ、少し待ってから飲んでみる。
「あぁ、おいしいです!香ばしいですね。黒豆茶とも違う感じで」
今度はしっかりとハトムギ茶の色や味が出ていた。
気づけば、スタッフの分までいくつも湯呑みが用意されている。西川さんのさりげないやさしさが、部屋の空気をあたためていた。
育った里を守り、先祖の墓を守る
「山や田んぼに囲まれた昔ながらの風景が蔵宗の魅力」と話す西川さん。お茶を飲みながら、ぽつりと言う。
「ただ、昔のような付き合いは、だんだんなくなってきましたね」
近くの住民が入院していても気づかないことがある。亡くなったことを後から知ることもあるという。人口減少で地域が縮小し、以前のつながりは薄れつつある。
「コロナ以降は家族葬が増え、葬式のお手伝いをすることもほとんどなくなった」
辰已キャスターは大きくうなずく。
「つながりがあった人にとって、それは寂しいですね」
それでも、この場所にとどまり続ける理由がある。
「先祖の墓があるけぇね。家を売ったら参りに来れんようになる」
変わっていくものと、変わらず残るもの。時代の流れを感じながら、里山の暮らしは続いている。
偶然の出会いから始まった一日。何気ない会話の中に、この土地で生きる人たちの思いが息づいていた。
(テレビ新広島)
