【栃木の中学に転校 いきなりノーヒットノーラン伝説】
遠藤:
ピッチャーを始めたのはいつ?

江川:
中学の2年生ですね。
最初肩いいんで、外野をやらされたんですよ。
レフトだったんですよ。肩がいいからレフトやれって。
それでたまたま(ピッチャーの)先輩がいたんですけど、ちょっとピンチになった時に、肩いいからレフトからリリーフしたんですね。
そしたらなんか、2イニングぐらい抑えちゃったんですね。
そこからピッチャーやったらってことになったんですね。
偶然です、だから。
徳光:
そうですか。
そこでピッチャーという存在感を示しながら、転校するわけですよね。

[ 中学2年生から3年生になる直前に静岡の佐久間中から栃木の小山中に転校 ]
江川:
父親は転校するって言って。僕は残るって言ったんですけど、ダメだっていうことで。
友達の家に残りたいって言ったんですけど。
徳光:
野球続けたくて?
江川:
友達と一緒に卒業したかったんで。3年生の大会も出たかったんで、残りたいって言ったんですけど、父はダメだということで栃木に転校します。
徳光:
お父さん絶対なんですか?

江川:
絶対でしたね。怖かったですから。
徳光:
栃木はいきなりピッチャーやったわけですか。
野球部入ったんでしょ?
江川:
野球部入りまして、もちろんエースの子がいたんですけど、僕は転校していったので「両方一緒にマウンドで投げてみろ」ということになって、一緒に投げたら僕がピッチャーやることになりまして、その栃木の大会で優勝しちゃったんですね。
優勝しちゃったので、いろんな周りの高校から誘いが来るってことになるんですね。

[ 中学3年時の成績
7月 栃木県中体連大会 優勝、8月 栃木県少年野球大会 準優勝。
2大会の中で2試合ノーヒットノーラン ]
徳光:
江川さんの投げ方って、石投げで上から投げてたって言ってましたけど、中学時代も同じようなフォームだったんですか?
江川:
同じです。ちょっと(最初は)スリークォーターでしたけども、それがピッチャー寄りになって、少しオーバースローというか、上に上がってきたと思いますね。
徳光:
中学時代にある程度、自分の中では完成したなという感じはあったんですか?

江川:
完成したというか、ノーヒットノーランとかやっちゃったので、中学校の時に。
だからたぶん完成したなって周りは思ってたんじゃないでしょうか。
僕は別にピッチャーやりたくないわけじゃないので。サードやりたいので。
徳光:
そうだった。そのころもまだサードやりたかった。
江川:
長嶋さんに憧れてましたから、別にピッチャーはやりたくないので。
ただ、やって投げたら完全試合みたいになっちゃった。
徳光:
自分の本意とは違う道に、どんどん野球人としては進んでいくことになるんですね。
江川:
おっしゃる通りです。
徳光:
でも、「サード・江川」も見たかった。どうなったんでしょうね。
バッティング良かったからね。
遠藤:
足も速くて。
徳光:
足も速くて。
「小山中に江川」ありですよ。
なんだっけ、両毛新聞か何かに出ましたよね。
最初に出たのは、怪童・江川少年だったか、卓少年だったか。

江川:
正しくは「超高校級」っていう。
なんでこんなことを僕が覚えてるんですか。昔のことはよく覚えてるもんですよね。
初めて新聞に載った時、うれしかったですね。「あ、新聞載った」と思って。
遠藤:
静岡に残ってたら違ってましたか?
江川:
静岡残ってたら…。静岡ってすごく、西部・中部・東部って、3つの地区に分かれていて。
西部大会って出るのも大変だったんですよ。
まだ学校ができて10年ぐらいでしたから、残ってたらその県大会まで行けたかどうか分からないですね。
徳光:
選ぶ高校も違ってたよね。静岡にいましたらね。
静岡も名門校多いですしね。
江川:
そうですね。
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