能登半島地震で住宅と店舗を同時に失った輪島市の料理人・坂口竜吉さん。運営会社の破産、跡地の競売。幾重もの困難を経て、2026年6月の仮設店舗での再開を目指して動き出した。
「並行して仮設店舗の準備」
輪島市内にある飲食店の厨房に立つのは、料理人の坂口竜吉さんだ。能登半島地震で自らの住宅と店舗を失った坂口さんは今、この飲食店で働きながら、自らの店の再開を模索している。「並行して仮設店舗の準備をしながらここで仕事させてもらっているような感じです。準備期間も生活していかなければいけないので」

厨房でともに働く同僚は、そんな坂口さんの姿をこう語る。「すごいと思うよ。希望だよね。この2年間いろんな思いして耐えてきたんやろうし体だけは気をつけて、出来る限り長くやってもらえれば」
一瞬で崩れた居酒屋「のと吉」
地震前、観光客や地元の人たちでにぎわっていた坂口さんの店が、居酒屋「のと吉」だ。公費解体を経て、今は更地になっている。
坂口さんはその跡地を訪れ、静かに語った。「自分は建物の3階、一番上にいて無事だったんですけど、一気に崩れてしまって。奇跡的に私たち家族は助かった。私たちは被災直後から色んな人たちに助けられて命をつないでこれたので感謝しかない」地震直後は金沢で避難生活を送り、長男は今も金沢市内の中学校に通っている。
店再開を阻んだ運営会社の破産
能登で再開する飲食店が増える中、坂口さんの店の再開に時間がかかっている背景には、ある問題があった。「会社を破産させたので思い出だけがここにあるのは変な感じなんですけど」祖父の代から続いた運営会社が2025年12月に破産し、店の跡地も競売にかけられたのだ。
心が折れそうになりながらも、坂口さんは店の再開を諦めなかった。店の跡地から道路を挟んで向かい側にある建物に、仮設店舗のスペースを確保した。「ここがいま準備中の仮設店舗ののと吉のスペースになります」
叔父が残した漆器が背中を押す
坂口さんが再起の支えとしているのが、朝市通り周辺の火災で亡くなった叔父、市中圭祐さんが残した漆器だ。「震災前ずっと使っていた叔父さんの作った器。ボランティアに救出してもらったものは瓦礫の下だった。傷だらけのまま使っていこうと思います」
坂口さんは2026年6月に仮設店舗で店を再開させたい考えだ。「料理を出すのはもちろん、いろんな人が集まって話をしたり、これからの事を考えたり未来を生み出すことが出来る場所になればと考えています」
仮設店舗への入居期間は3年と定められていて、再開はあくまでも長い助走の始まりにすぎない。常連客の同世代の一部は、輪島を離れることを決めたという。地震から2年以上が経過した今もなお、地元を離れる決断を迫られる状況は続いている。なりわいと住まいを巡る問題は依然として深刻なままだ。
(石川テレビ)
