北信濃に伝わる「内山紙」を守り、伝えようとしている女性和紙職人がいます。アパレル業界から転身して18年。2月、スペシャリストの証しともいえる「伝統工芸士」にも認定されました。独創的な発想で新たな商品作りも手掛け、伝統を次の世代につなげていこうと奮闘しています。
■心を癒やす和紙の灯り
和紙を使った灯り。やわらかな光が心を癒やします。花が飾られたこの暖簾も。
長野県飯山市など、北信濃に伝わる伝統の和紙、「内山紙(うちやまがみ)」で作られています。
「紙すき」と呼ばれる伝統的な技法で内山紙を作るのは、飯山市の和紙職人・平田真澄さん(47)です。
和紙職人・平田真澄さん:
「同じ厚さにすき上げるようにできるには、10年とか修業しないと難しい」
平田さんは市の体験工房で手すき和紙の作り方などを教えながら、個人でも内山紙の商品を作り、販売しています。
■伝統工芸士に認定
また2月、伝統工芸品の産地でスペシャリストの証しともいえる「伝統工芸士」に認定されました。
平田真澄さん:
「私自身、何とかがんばって18年間やってきた。それでやっと身につけた技術なので、本当に認めてもらったんだなという、それが一番、私はうれしかったです」
主に農家の冬の副業として江戸時代から作られてきた「内山紙」。
材料は「コウゾ」という木の皮です。
豪雪地を生かして、コウゾを冬の間、雪にさらすことで、自然の白さが生まれ、丈夫で、通気性に優れているのが「内山紙」の特徴です。
■アパレルから和紙職人の道へ
京都出身の平田さんが、なぜ遠く離れた飯山で和紙職人になったのか―。
子どもの頃、工芸品好きの両親と一緒に、地元の和紙の産地を巡っていたという平田さん。
大学の卒業研究では「和紙の製作」に取り組み、和紙職人の道も考えましたが、就職したのは、東京の女性服の小売店。
そこで7年ほど働く中で、大量生産、大量消費の世界に疑問を感じました。
平田真澄さん:
「服こんなにあっても、着る機会ももうないし、豊かってこういうことなのかなっていうことを考え出した時期がちょうどその頃で、そのときに思い出したのが和紙のことで」
■師匠との出会い まるで親子
そして、2008年の春、インターネットでたまたま内山紙を見つけ、1カ月の職人体験をした平田さんは、すぐに仕事を辞め、その秋に飯山市の「阿部製紙」の二代目・阿部一義さんに弟子入りしました。
阿部製紙 二代目 ・阿部一義さん:
「えー、と思った。がんばってやっていかないと、独り立ちして食べていくには難しい」
平田真澄さん:
「コウゾの栽培から刈り取ってという1年のサイクルを丸々全部教えていただいた。弟子と師匠というよりは親子みたいに、子どもみたいにかわいがってもらったので、とても感謝しています」
その後、住み込みで修業を重ね、平田さんは2011年、市の会計年度任用職員に採用され、独立しました。
■「飯山の四季」を表現
平田さんが和紙で作った作品です。色染めした和紙を何度もすいて重ねていき、落ち葉や土も混ぜて芸術的に仕上げました。
春、夏、秋、冬の4枚、「飯山の四季」をイメージしました。
竹を型にして和紙で作った灯籠。和紙の中に切り絵が入っていて、光を当てると、絵がくっきりと浮かび上がります。
平田真澄さん:
「和紙といったらただの紙とイメージされることが多いので、形の面白さ、丈夫さ、繊維の美しさがもっと伝わるように、モノづくり、表現ができれば」
■伝統に新たな風を吹き込む
内山紙といえば代表的なのが「障子紙」ですが、それだけにとどまらず、独創的な発想で作られた商品もあります。
アパレル時代の経験を生かした、和紙のイヤリング。
ブックカバーは和紙を縫い合わせて作り、内山紙の特徴の「丈夫さ」を生かした仕上がりになっています。
こうした数々の新しい商品を生み出し、平田さんは、伝統に新たな風を吹き込もうとしています。
平田真澄さん:
「日常の生活の中に和紙をどうやって取り入れてもらうかという、今は障子の紙もどんどん少なくなってきてますし、素材からもう一歩、プラスアルファ加えたものをお客さんに提示する。変わらない中にも変わっていかないと使ってもらえないという部分はあります」
■後継者不足 産地の現状
平田さんは独立後も、相談ごとなどがあれば阿部製紙を訪ねています。
師匠の一義さんから代替わりして、現在は長男の拓也さんが三代目を務めています。
内山紙の生産者でつくる組合には、平田さんが飯山に移住した2008年は7軒加入していましたが、現在は3軒4人に減少。
47歳の平田さんが最年少です。
伝統工芸士の先輩でもある阿部さんも、今回の伝統工芸士認定を喜び、今後の活躍に期待しています。
阿部製紙 三代目・阿部拓也さん:
「今まで自分と親だけの2人だけだったので、これでちょっと活性化する一つの材料になればと思います。すぐ帰るかもしれないと思ってたけど、ちゃんとこっちに腰据えてやっているので、またこれから新しい内山紙を作っていってもらえれば」
平田真澄さん:
「知ってくださる方の分母もそうだし、作る側、発信する側の分母も増えれば、その分いろんなアイデアが出てくると思うので、いろいろ協力し合いながら未来に向けてがんばっていければ」
■文化を次世代へ 職人の決意
飯山に移住して18年。
後継者不足に悩む伝統工芸の世界で、平田さんは新たな商品を生み出し、魅力を多くの人に伝えるとともに、内山紙の「伝統工芸士」として、その技術を次の世代につなげようとしています。
和紙職人・平田真澄さん:
「自分が思った通りのものを、自分自身の手で作り出すことができたときの喜びと、それをお客さんが喜んでくれる喜びと、コウゾの繊維だけでそれができるというこの文化を次の世代にとりあえず残したい。受け入れる体制みたいなのは、できるだけ早く整えられたら」