34歳の若さでこの世を去ったアイルトン・セナ(1960 - 1994)。
通算で3度の年間チャンピオンに輝き、41度の優勝を誇る。
その中から、三宅正治キャスターが語り継いでいきたいレースを選んだ。
まずは1つ目。
1993年、雨のヨーロッパグランプリ。
予選4番手で臨んだ決勝。
三宅キャスター実況:
鬼神のような走りです。
三宅キャスターも実況で「鬼神」と話したスタート。
出遅れからわずか1周でトップに立ち優勝した。
2つ目が、1992年のモナコグランプリ。
逃げるセナ、追いかけるマンセルの攻防だった。
三宅キャスター実況:
ナイジェル・マンセルがセナの後ろ。すごいファイトです。
抜け出せない。ここはモナコ・モンテカルロ!絶対抜けない!
市街地を走るモナコグランプリを制し、セナが優勝。
ファンの間でも語り草になっている一戦だ。
3つ目は、1991年、母国で初優勝。
ブラジルグランプリ、セナはポール・トゥー・ウィン、予選1位からの優勝を果たした。
三宅キャスター実況:
どんどんセナがリードを広げていきます。独走態勢に入ったか。
あ~もう手を振っています。勝利を確信している、アイルトン・セナ。
チェッカーが振られた!アイルトン・セナ、28勝目は本当に忘れられないブラジルでの初勝利となりました!
これはセナの声ですね。セナとピットを結ぶ声なんですが、これは嗚咽(おえつ)ですか?なんですか?泣いてるのかもしれません。
歓喜の裏で起こっていたトラブルが、この優勝をさらに伝説化させることになった。
このレースは見ていた人はセナの圧勝、レース終盤はクルージングのランだとみんな思っていたが、マシンが壊れギアが6速しか使えない状況になっていた。
スピードが落ちるとエンストしてしまうため、セナは極限の状態でドライビングしていた。
その証拠に、レース後、自らマシンを降りられず、歩くこともままならない状態に。
表彰式でも立っているのがやっとという状態だった。
(写真:1991年3月24日ブラジルグランプリ表彰台のアイルトン・セナ、ゲッティ)
