2011年3月12日の九州新幹線全線開業から15年。東日本で起きた未曾有の震災の中で迎えたあの日の裏側にはどのような葛藤があったのか。当時、JR九州の営業部長として最前線で指揮を執り、現在はトップとして全線開業15周年の「つばめの大冒険」プロジェクトを展開するJR九州(福岡市)の古宮洋二社長に、当時の思いと未来への決意を一問一答形式で詳しく聞いた。

「中の人はみんな号泣ですよ」――運転席から見た“祝!九州”の景色

――九州新幹線は全線開業(鹿児島中央~博多)から15年という節目を迎えました。当時を振り返って最も記憶に残っていることはどんなことですか。

古宮社長:
15年前、私は営業部長をしていました。開業当日も含めイベントなどの担当だったんです。あの話題になった「祝!九州」のCMは鹿児島中央から博多まで列車を動かして、沿線の方々に手を振ってもらうということで、いろいろやりました。撮影の時は私も鹿児島から博多までずっと運転席に乗っていたんです。

撮影のために運行された新幹線(2011年2月)
撮影のために運行された新幹線(2011年2月)
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もうね、私を含めて中のスタッフはみんな号泣ですよ。運転士に「あそこの左側に(人が)いるはずだから速度を落とせ!」なんて指示を出しながら、トンネルの中は目一杯走ってですね。

新幹線に手を振る沿線住民たち(2011年2月)
新幹線に手を振る沿線住民たち(2011年2月)

――しかし、全線開業の前日に東日本大震災が発生しました。開業当日は本当はたくさんのイベントを準備されていましたよね。

古宮社長:
「祝!九州」のCMは3日間でお蔵入りになり、その後「幻のCM」と言われていろんな賞もいただきました。我々としても経験したことのないような大変な災害が起きな中での全線開業となり開業イベントも全部中止になりましたが、それから15年間、九州新幹線は地元の方々にとても愛していただいて、利用のお客さまも増えています。関西や岡山、広島からたくさん九州においでいただいています。

「祝!九州」の一場面
「祝!九州」の一場面

――震災があったときはどのようにされていたのでしょうか。

前日、地震が起きた時、私は博多駅に打ち合わせだったかな…何かに向かう途中でした。グループ会社の人間と駅前で会って「すごい地震があったよ」と聞いて「えっ」と。急いで戻ってテレビを見たら、仙台空港に津波が来ている状態で…。これはもう大変なことだと即、関係者を集めて会議を始めました。「どうする? 明日」と。

「祝!九州」の一場面
「祝!九州」の一場面

――いろんな調整をして準備された開業イベントだったと思いますが、その時、社内ではどのような議論があったのでしょうか。

古宮社長:
会議では意見が完全に二分されました。「このイベントはもう一生できない(からやるべきだ)」という意見と、私は「今、出ている情報だけでもこれだけの規模なら、あすの朝は日本中が大変なことになっている。もうやめよう」と。その2つの意見が激しく対立していたのを覚えていますね。

開業準備が進む博多駅(2011年3月)
開業準備が進む博多駅(2011年3月)

結局、夕方に中止を判断して、東京から来る国交省の方や国会議員の方々には「すいません、中止します」と伝えましたんですが。実は大先輩である元博多駅長の井手(干樹)さんには当日「発車の合図」を出してもらう予定にしていたので、井手さんを呼んで数人で形だけはしたんですよ。

井手干樹さん(左)と古宮社長(右から2人目)(2011年3月12日)
井手干樹さん(左)と古宮社長(右から2人目)(2011年3月12日)

イベントではなくて数人だけで集まって見送りだけしました。

井手さんと当時の唐池恒二社長(2011年3月12日)
井手さんと当時の唐池恒二社長(2011年3月12日)

★「祝!九州」の動画
九州新幹線全線開業記念のCM用に制作された動画。15秒から180秒まで複数のバージョンがある。全線開業を前にした2011年2月に「祝!九州縦断ウェーブ」としてカメラを積んだ新幹線を鹿児島から博多に走らせて、約1万人の沿線住民が思い思いのスタイルで全線開業を祝う姿を撮影した。3月9日に放送が始まったが、11日に東日本大震災が発生したことを受けてテレビ放送は取りやめ(4月に再開)となった。

「祝!九州」の一場面
「祝!九州」の一場面

「お礼を伝えたい」――「つばめの大冒険」プロジェクトに込めた想い

――あの日、開業イベントができなかったという経験があるからこそ、今回の15周年「つばめの大冒険」プロジェクトへの思いも強いのではないでしょうか。

古宮社長:
当時は「国難」という言葉が使われ、中止は仕方ないなと。ただ、新幹線という本当に「鉄道の柱」ができましたので、それをいろんなイベントを通じてお客さまに親しんでいただいて、地元の方々に愛していただきたいなと思っていました。

「つばめの大冒険」プロジェクト
「つばめの大冒険」プロジェクト

それでやはり15年間、ここまで愛していただいた地元の方にお礼を伝えたいと。それで最初(全線開業のとき)もそうでしたが、みんなに参加していただくという形にしたくて、今回は絵を描いていただくとか港で手を振っていただくという形になりますが、たくさんの方々に参加していただいて一緒になって何かをすることが、最高のお礼になるのではないかなと思っています。そして「これからも新幹線は走り続けますのでよろしくお願いします」ということを伝えていきたいなと思いますね。

「つばめの大冒険」プロジェクト(JR九州提供)
「つばめの大冒険」プロジェクト(JR九州提供)

――今回、新幹線を海上や駅前広場で見せるという企画も驚きです。

古宮社長:
普段はホームでしか見られない新幹線を別の姿で…、ましてや海に浮かぶ姿や駅前のど真ん中にある姿で見せるというのは、1ついいことなのかなと。博多港から博多駅まで持ってくるときは大きな道路を通る珍しいイベントになりますし、ましてや博多駅前広場に日ごろいない車両がドンといるのもとても見ごたえがありますし、興味を持っていただけるのではないかなと思いますね。

取材に基づくイメージ
取材に基づくイメージ

普通はホームからしか見られていないですが、新幹線の車両って実際に間近で見るとものすごく大きくて、それを実感できますし、ご覧になる方にとっても話題性があるんではないかなと思います。

若手社員にアドバイスする古宮社長
若手社員にアドバイスする古宮社長

――今回「つばめの大冒険」に使われるのは九州新幹線の800系車両ですが、JR九州にとってどんな思いがある車両ですか。

古宮社長:
800系は2004年の新八代~鹿児島中央の開業の時に6両編成を5本作りました。その中の1本です。私たちJR九州の社員にとって「初めての新幹線の、初めての車両」なので、なんていうか、やはり一番思い入れがある車両ですね。

熊本地震で被災した800系
熊本地震で被災した800系

★「つばめの大冒険」プロジェクト
九州新幹線全線開業15周年プロジェクト。2016年の熊本地震で被災して営業を終えた800系車両(U005編成1号車)を修繕・再塗装し、熊本から博多まで“感謝の旅”に出発する。台船に乗った車両は3月29日に熊本から海を南下し、九州新幹線沿線付近の沿岸を進み、鹿児島を回ったあと北上して博多に向かう。博多港から博多駅前までは陸送し、約10日間、博多駅前広場に展示される予定。

整備される800系U005編成1号車
整備される800系U005編成1号車

「新幹線は生活を変える」――そして、封印された“もう1つのCM”

――九州新幹線が九州にもたらした価値をどう考えていますか。

古宮社長:
私はよく講演などで「新幹線は生活を変える」と言っています。かつて博多から鹿児島まで3時間50分近くかかっていたのが、今や新幹線に乗ればその時間で大阪まで行けてしまうんですよ。これが新幹線の力なんですね。人の行動範囲も広がりますし、通勤通学でも使っていただいていますし、地元の方々から愛されたからこそお客さまもこんなに増えたのではないかと思います。

古宮洋二社長
古宮洋二社長

新幹線のような高速鉄道の安全を守るというのは大変なことですが、高速だからこそ利用していただいているお客さまも多いですし、きちんと安全運行して地元の方から愛されることが九州全体の経済効果や価値を上げることにつながると思っています。これはわれわれの使命でもありますし、今後もどんどん伸ばしていきたいなというふうに思っています。

九州新幹線全線開業15周年記念のアート
九州新幹線全線開業15周年記念のアート

――「祝!九州」のCMについて裏話があるそうですね。

古宮社長:
「祝!九州」のCMの放送は確か3日で終わったと思います。震災があったときにテレビからCM自体もなくなりましたし。

で、実は震災がなければ開業当日から「別の新しいCM」を流す予定だったんですよ。それは、古い街並みの前を新幹線がダーッと走ると、パッと新しい街に変わるという演出だったんです。これこそが本当に「幻」で1回も流れずにお蔵入りになりました。

全線開業の1番列車の出発(2011年3月12日)
全線開業の1番列車の出発(2011年3月12日)

――この15年、熊本地震や新型コロナ禍など困難もありました。

古宮社長:
新型コロナ禍の時は、1両に1人か2人しか乗っていませんでした。その光景を見て当時は「会社が潰れる」と本気で思いました。今回のプロジェクトには、沿線の方々、そしてお客様、みんなの15年間の思いを込めてほしいなと。これからも安全に走り続けるという誓いと共に、感謝を伝えていきたいですね。

古宮洋二社長
古宮洋二社長
テレビ西日本
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