小学6年生の冬、突然襲った病気で右足に大きな障害を負った鵜飼祥生選手。それでも夢を諦めず、パラアイスホッケーで日本代表のエースに成長しました。20歳のストライカーがミラノ・パラリンピックに挑みます。

■パラアイスホッケーの20歳のエース

スレッジと呼ばれるソリに乗り、2本のスティックで氷をかき進むパラアイスホッケー。時速30キロ近いスピードで激突しながらパックを奪い合う、氷上の格闘技です。2025年11月の最終予選で、日本代表が8年ぶりにパラリンピック出場を決めました。

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この大会で7得点を挙げた日本のエースが、岐阜県多治見市出身の鵜飼祥生選手(20)です。

祥生選手:
「始めた時は、パラリンピックは遥か上でした」

名古屋市港区のスケートリンクを拠点とする「東海アイスアークス」は、7年前にチームを結成した強豪のパラアイスホッケーチームです。今回、ミラノに4人の代表選手を送り出します。

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この日行われたのは、日本代表選手の壮行会。地元チームの子どもたちも選手にエールを送ります。

祥生選手:
「日本チームの集大成をここにぶつけたいと思います。応援よろしくお願いします」

■病気との闘いと家族の支え

リンクの脇で祥生選手を見守っているのは、父の拓人さんです。

拓人さん:
「正直うれしいです。現実味を帯びてきたのが去年の世界選手権ぐらいからで、たった4年でこうなるとは思っていなかったです」

野球監督の父と柔道家の母のもとに生まれ、幼い頃からスポーツに囲まれて育った祥生選手。

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母・沙千さん:
「昔からよく笑う子で、めちゃくちゃかわいい子だった。活発で運動神経も良くて」

しかし、小学6年生の冬。

祥生選手:
「ご飯食べ終わった後に、立ち上がれないぐらい痛くなっちゃって。(入院)当日はもう起き上がれないぐらいになって」
母・沙千さん:
「日曜日まで普通に柔道の試合をやっていて、水曜日に入院。朝、痛い痛いって叫んで、病院行ってそのまま入院でした。でも、そこから今の状態になるとは想像もしていなかった」

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診断は大腿骨頭壊死(だいたいこっとうえし)。骨の一部を取り除く手術が必要だと告げられました。

祥生選手:
「股関節の骨頭部分、繋がっている部分の骨が壊死した。その壊死したところを切り取った結果、繋がっていない状態で普段は歩いたりしています」

成長期の体に起きた大きな変化。右足は8センチ以上短くなりました。

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それでも退院からわずか5カ月後の小学校の卒業式では、松葉杖を使わずに自分の足で歩くことを選びました。

■パラアイスホッケーとの出会い

そんな祥生選手が高校2年生の時に出会ったのが、パラアイスホッケーでした。

祥生選手:
「スポーツ庁が運営している“Jスタープロジェクト”を父親が教えてくれて、夢中になってやっていました」

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パラアイスホッケーは、スレッジと呼ばれる専用のソリに乗り、両手に短いスティックを持ってプレーします。スティックのブレイド部分でパックを操作し、パスやシュートを放つ一方、反対側についた金属のピックを氷に突き刺して氷上をこぎ前に進みます。上半身の力が試されるスピード競技です。

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沙千さん:
「もちろん勝つこと、息子が1点でも取れるところが見られたら、こんなうれしいことはないです」
拓人さん:
「まず1点いれて1勝してもらいたい。一つ一つ積み重ねてもらえれば」

2026年1月、長野で行われた日本代表の強化合宿。この日、祥生選手と同じ20歳の若い選手2人も参加し、ともに汗を流しました。

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伊藤樹選手(20):
「(祥生選手は)ただの天才です。彼より6年早くホッケーやっていてよかった。同じタイミングでやっていたら、挫折してやめていると思います」
森崎天夢選手(20):
「僕にとっては、彼はライバルです」

同じ20歳。よき仲間であり、よきライバルです。

2002年から日本代表を率いる中北浩仁監督は、長年多くの選手を見てきた中でこう語ります。

中北監督:
「ただものでない。非常にスポーツ勘・センスがある。彼が伸びてくれたおかげで、攻撃のバリエーションがすごく増えた」

祥生選手の感覚は、これまで見てきた代表選手の中でも桁外れだといいます。

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厳しいチェックを受けながらも巧みにパックをキープし、ディフェンスをかわして、わずかな隙を逃さずシュート。日本代表の得点王の最大の強みは、ここ一番で決めきる決定力です。

祥生選手:
「技術が追い付いていないときは、考えてプレーしなければいけなかった。でも世界選手権や最終予選で余裕が出るようになってからは、考えないようになってきた。実力が追い付いてきたと思います」

■視線の先はパラリンピックの舞台

2025年1月11日、祥生選手は地元・多治見市で開かれた「はたちの集い」に参加していました。

沙千さん:
「病気をした時のことを思うと、あの106日間の入院は今でも毎日思い出せるくらい壮絶でした。でも、こうして成人の日が迎えられてうれしいです」
祥生選手:
「氷の上にいる時が一番楽しい。大会で、まずはチームの1勝を目指して頑張ります」

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20歳のエース。その視線はパラリンピックの舞台に向いています。

東海テレビ
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