東日本大震災から15年、この未曽有の大災害について福井県は直接的な被害は受けませんでしたが、災害発生から今日まで、原子力発電所の立地県として大きく揺れ動いた地域の一つです。節目の今年、「原発のまち」の15年間を振り返ります。

東日本大震災で発生した福島第一原発事故を受け全国の原発が停止する中、当時の民主党政権の方針に基づき、翌年の2012年7月、大飯原発3号機の原子炉が起動しました。
 
震災後としては全国で初めての再稼働でした。
  
福島の事故で原発に対するネガティブな印象が広がる中での再稼働は、当時、全国の注目を集め町内にはメディアや再稼働の反対派が押し寄せ、まち全体が矢面に立たされました。


長年、町内で料理旅館を営む池田卓夫さんは、当時をこう振り返ります。
 
料理旅館「妙法館」池田卓夫さん:
「あの当時はお客さんの入りも悪くて…発電所あるのでお客さんが“怖い”という感じで風評被害があった。ご飯も食べていけない、どうしたらいいのかという感じだった」
   
15年たった今、世間の原発に対するネガティブな印象は薄れ、旅館の運営は落ち着いています。
  
ただ、福島の人たちへの複雑な思いは今も抱き続けています。

池田さん:
「震災に遭った福島の人は本当に大変だったと思う。私たちの身に置き換えて考えたりして、ニュースを見るたびに深く考えていた。二度と事故がないようにしっかり安心安全な稼働をしてほしい」

地元商工会の副会長を務める村松弘康さんは、福島の事故をきっかけに原発に対する見方が変わったと言います。
  
村松弘康副会長:
「当時を振り返ると福島原発事故は衝撃だったし、実際に私たちと一緒の立地の人が
未だに帰れない状況を考えると…安全面とか、発電所というものを改めて考え直した15年だった。安全神話がひっくり返り厳しくみるようになったとはいえ基幹産業である原発と共存している中で、どう付き合っていくか、前を向いているけど複雑」
  
松村さんは、原子力との共生に向けた国民の理解や議論が進んでいないと感じています。
 
「今後どうつきあい活用していくのか、バックエンドの問題は解決していないし、我々も不安。推進だけでいいのかという気持ちはある。国策であり、おおい町だけの問題ではない。未来に向けた議論、エネルギーをどうしていくか、立地や消費地ではなく全体で考えるべきと感じている」(松村さん)

この15年の間に、大飯原発は1・2号機の廃炉が決まり、3・4号機はそれぞれ運転開始から30年を超えました。
  
国が原発の最大限活用に再び舵を切る中、安全性はどう担保され、課題とされるバックエンド問題はどう進むのか。
 
そして、長年、国の原子力政策に揺り動かされてきた立地地域の将来像に国や事業者はどう応えるのか。
  
立地地域の思いは今も変わらず、切実です。
     

福井テレビ
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