変わる町と残された課題・・・

双葉町は復興の途上にある。医療機関や学校がまだ十分ではなく、「今すぐに生活するには不安がある」と大沼さんは話す。

「高齢化が進む中で、病院が近くにないというのは大きな不安です。僕も双葉で具合が悪くなった時、いわきか相馬の病院まで救急車で(搬送する)と言われました」

居住環境についても課題は多い。道路は狭い場所が残り、下水整備もまだ充分ではない。大沼さんは「人が住んでいない今こそ、思い切って街を作り直すチャンスだ」と言う。

「いつでも帰れるように、完成宅地のように整備してほしい。道が広くなったり、水はけが良くなるだけで、住もうという気持ちになると思うんです」

福島県双葉町(2月18日撮影)
福島県双葉町(2月18日撮影)

一方、近年は移住者も増えている。大沼さんは双葉町でペット可の賃貸物件を運営しており、伝承館や町役場で働く人々が入居している。

「新しい人が増えるのは良いことです。町が閑散としたままでは、復興の実感が湧きません。飲食店ができたり、人の流れが生まれたりすれば、必ず良くなっていく」

“帰る場所を守りたい”という願い

震災から15年。大沼さんは、その長い年月がもたらした変化の大きさを痛感している。

「写真を見返すと、建物が朽ちていき、更地が増えている。時の流れは大きな影響を与えていると強く感じます」

墓じまいをする人も増えた。世代が変わり、双葉に戻らない選択をする人も少なくない。それでも大沼さんは、帰る場所を手放さない選択をした。

「墓を残したのは、死んでからでも帰れるようにと思ったからです。でも、生きてるうちに帰りたい。その希望だけは捨てないでいたい」

福島県双葉町から避難した大沼勇治さん
福島県双葉町から避難した大沼勇治さん

最後に、大沼さんは復興に携わる人たちへの思いを語ってくれた。

「双葉で頑張っている人たちを誇りに思います。僕もいつか、その仲間になりたい。ここでやるのと、双葉でやるのとでは、思いの重さが違うんです」
(フジテレビ災害対策チーム 百武弘一朗)

百武弘一朗
百武弘一朗

災害対策チーム 1986年11月生まれ。國學院大學久我山高校、立命館大学卒。社会部(司法、警視庁、宮内庁、麻取部、遊軍)、夕方ニュース(ディレクター)、FNNバンコク支局、FNNプロデュース部を経て現職。