約60年の歴史に幕を閉じる松山のスケートリンク

愛媛県松山市のレジャー施設「イヨテツスポーツセンター」の1日に密着。この春、約60年の歴史に幕を閉じる施設の「いま」を見つめた。

営業2時間前の午前8時。松山市の郊外にある「イヨテツスポーツセンター」。ここに愛媛で唯一のスケートリンクがある。

そこで生まれたドラマとは。

スケートリンクの一日は「氷上整備」から

スケートリンクの1日は、氷の表面を整える「氷上整備」から始まる。

イヨテツスポーツセンターメカニック担当・赤尾尹位さん:
「ここにブレードが付いてるんですよ。『かんな』のでかいのと思ってもらったら。表面を削って後ろから水が、散水用の配管が出てリンクに水を落として凍らす」

赤尾さんは、施設の維持や管理を担うベテランのメカニックだ。

赤尾尹位さん:
「氷の表面の温度が朝上がっていると、大量に水をまくと(凍りにくいので)まずい。ケースバイケースで水の量を調節したり、ブレードの高さを変えたりしている。毎日出来不出来はあるんですけどね、お客さんに迷惑がかからない程度には気を付けてます」

水の量を調節したり、ブレードの高さを変える
水の量を調節したり、ブレードの高さを変える
この記事の画像(10枚)

「遠足できた思い出」スケートリンクでは転んでも笑顔

午前10時、営業が始まると、早速お客さんがやってきた。

学生2人組:
「わたしスケート自体初めてで」
「誘ってくれたので」

この日はレディスデー、女性限定の割引があり、午前中から学生などでにぎわう。

学生グループ:
(Q.イヨテツSCでのスケートは?)
「小学生の時くらい」
「遠足とかで来たなっていう思い出」

3人組の家族連れ:
「冬のイベントを何か経験させてあげたいなというのがあったので、(子どもは)初めてなんですけど連れてきました」

学生:
「お父さんをつかんでこかした思い出がある」

思い出の詰まったスケートリンクでは、転んでも笑顔だ。

この日はレディスデー
この日はレディスデー

「氷ってこんなに滑るのか」81歳男性が語る思い出

軽やかな足取りで現れたこちらの男性。バッグから取り出したのは、スケートシューズ。

坂口昌男さん:
「マイシューズですね」

坂口昌男さんは81歳。イヨテツスポーツセンターが開業した約60年前から通い続けている。

坂口昌男さん:
「初めてリンクに降りたとき『氷ってこんなに滑るのか』すごい快感やったです」

この場所でスケートを始め、氷上スポーツにのめり込んだ坂口さんは、その後アイスホッケーのチームに所属。ポジションは「司令塔」にあたるセンターフォワードで、愛媛代表の選手として国体に何度も出場した。ホッケー選手を引退したあともスケートは続けていて、シーズン中はほぼ毎日リンクで2時間ほど汗を流すそうだ。

坂口昌男さん:
(若者が滑っている姿を見て)
「最高です、楽しんどるなあという感じ。なんぼ転げても転倒しても、頑張って笑顔なんですね。それを見よるだけでも楽しいです」

ほぼ毎日リンクで2時間ほど汗を流す
ほぼ毎日リンクで2時間ほど汗を流す

スケートとボウリングが最先端の娯楽だった時代

「イヨテツスポーツセンター」は、高度経済成長期まっただなかの昭和41年にオープン。レジャーが大衆化し始めたこの時代、スケートやボウリングは、当時の若者たちにとって最先端の娯楽。

前支配人・髙須賀太志さん:
「(スケート靴は)全部で2200足くらい。全盛期は3600とか3700くらいを持ってましたね。この棚が完全に空っぽになるんですよ貸靴が足りないのでお客さんに階段で待ってもらう。そういう時代もあったんですよね」

スケート靴は2200足くらい
スケート靴は2200足くらい

最盛期は年間19万人が利用

髙須賀太志さん、68歳。4年前までスポーツセンターの支配人を務め、定年後の今もアルバイトとして業務に携わっている。

前支配人・髙須賀太志さん:
(Q.平日だがお客さん多いのは?)
「今年は(冬季)オリンピックにあたってまして、日本の選手がすごい活躍してるんで」

イヨテツスポーツセンターは、最盛期の1983年は年間19万人が利用しましたが、近年は5万人にまで減少した。

前支配人・髙須賀太志さん:
「少子化も年々進んでますし、遊びも多様化し、アウトドアからインドアに変わってきたというのも、大きな影響だと思います」

利用者は現在5万人にまで減少
利用者は現在5万人にまで減少

冷凍機の1台が故障し今年5月に閉館へ

リンクの氷をどうやって冷やしているか、知ってますか?メカニックの赤尾さんが案内してくれたのはリンク横の地下室。

メカニック・赤尾尹位さん:
「霜がいっぱい付いている」

リンクの下には冷たい液体が流れる配管が無数に張り巡らされ、氷を維持している。

メカニック・赤尾尹位さん::
「この辺がプールのリンクの底なので、(氷の厚さが)これくらいですね。冷気がまわって、下から段々冷えてきてこういう状態に」

実はこの冷たい液体を作り出す「冷凍機」3台のうち1台が故障し、来シーズン、リンクに新たな氷を張ることができなくなった。施設自体の老朽化も進む中、2027年1月の閉館を決めていた「イヨテツスポーツセンター」は、閉館を今年5月上旬に前倒しした。

閉館を今年5月に前倒しした
閉館を今年5月に前倒しした

誕生日のお祝いはスケート

親子連れ お母さん:
「(子どもが)誕生日で『どこに行きたい』って聞いたら、『スケートに行きたい』って言うんで1年ぶりに来ました」

子ども:
(Q.スケート好き?)
「まあ…なんもできないけど好き」

お母さん:
「地上で最近ジャンプする練習をしてて、きょう、いざやろうと思ってはいたみたいなんですけど、まず片足で立てないことに気付いた。それでちょっと絶望してるんですよね」

「まあ…なんもできないけど好き」
「まあ…なんもできないけど好き」

スピードスケートを練習する小中学生も

一般向けの営業時間が終わったあとは、地域のスポーツクラブや団体が練習にやってくる。

伊勢屋明かりさん(小4):
「スピードに乗って走れた時や、1周での秒数が新しく更新できた時が、すごく達成感があって楽しいです」

小学4年生の伊勢屋さんが所属するのは、スピードスケートの選手を育成する「イヨテツスピードクラブ」。小中学生あわせて4人が所属している。

伊勢屋明かりさん:
「将来の夢はスピードスケートの選手なりたい。もっと大きな大会に出て上位を取りたい」

岸寛生さん(中3):
「僕は『勝ちたい』っていう思いもすごくあるんですけど、スケートという競技が僕に教えてくれた楽しさを広めていきたいので、コーチやトレーナーでスケートに関わっていきたい」

スピードスケートの選手を育成する「イヨテツスピードクラブ」
スピードスケートの選手を育成する「イヨテツスピードクラブ」

氷の上の幸せな時間は「あと少し」

イヨテツスピードクラブ・井上清孝さん:
「遊びのなかで氷上のスポーツを楽しむ、それをきっかけに選手に、国内へ世界へ羽ばたく選手も出てくる。そういう色んな可能性が絶たれることは寂しいことだと思います」

前支配人・髙須賀太志さん:
「滑り始めた時の喜びというか、楽しさですよね。自分がやればやるほどどんどん上手くなってくるんで」

メカニック・赤尾尹位さん:
「来ていただくお客さんが帰りに『楽しかった』と、安全に帰っていただくのが第一なので、そこは一番大事にしています」

坂口昌男さん:
「自分の青春をここで楽しませてもらったというのが一番ですね。本当に幸せだった」

氷の上の幸せな時間は、「あと少し」続く。

「本当に幸せだった」
「本当に幸せだった」
テレビ愛媛
テレビ愛媛

愛媛の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。