16兆円という巨大な市場規模

中国の教育産業は1兆元(約16兆円)市場と言われている。米国が約11兆円、日本が約2兆5千億円なので、その市場規模の巨大さには驚くばかりだ。

特に中国で近年急成長しているのが、幼児向けのオンライン英会話だ。中国の英語教育はかつて、K12と呼ばれる幼稚園年長から高校までがメインだった。しかし、いまでは「スタートダッシュで子どもを負けさせたくない」と、どんどん低年齢化が進んでいる。

自宅で勉強できるのが最大のメリット
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中国のスタートアップ企業の専門メディアである「36Kr」日本版の高畑龍一顧問は、「中国の英語教育はここ数年で大きく変わった」と言う。

「10年前は都市部の富裕層の間で、英語ネイティブの家庭教師を雇うのがステータスでした。しかしここ数年は、地方、中間所得層でのニーズが増え、もはやリアルでは対応できなくなっています。そこで生まれたのがオンラインとAIによる授業です」

特に地方では英語教師の不足が深刻になっていて、オンライン授業のニーズは高まるばかりだという。

オンライン英会話市場は拡大

株式会社ハグカムの道村弥生代表取締役
株式会社ハグカムの道村弥生代表取締役

こうした中「猿補導(Yuanfudao)」や「VIPKID」といった教育ベンチャーが、投資家たちから積極的に資金調達を行い急成長している。また、テンセントやアリババといった大手企業も、子ども向けオンライン英会話に参入している。

日本でもオンライン英会話市場は拡大傾向にある。子ども向けオンライン英会話サービスを運営する、株式会社ハグカムの道村弥生代表取締役はこう言う。

「リアルだと家の近くに英会話教室があるかどうか、お母さんが送り迎えできるかどうかという判断軸になってしまいます。しかしオンラインなら選択の幅が広がります。オンラインでの学びはもっと増えるべきだと思っています」

「英語教育は習慣化と継続性が大事」という道村氏は、「週一回の英会話教室より毎日英語を話す機会をつくるのが大事なので、オンラインは英会話に向いている」と語る。

プラスサイクルに入った中国

ハグカムでは今年、中国の英語スピーキング評価AI「CHIVOX(チーボックス)」を導入し、英語の発音チェックの自習教材を提供している。

CHIVOX社のスピーキング評価AIは、すでに132か国で導入され、ユーザー数は1億3千万人、毎月60億回以上のスピーキング評価を実施しているという。

道村氏は「データ量が多いという観点からみて、非常に精度が高い」と考える。

「CHIVOXの発音評価のスコアは、子どもの実際の音声を聞いても納得のいくスコアになっています」

36Krの高畑氏は、中国の教育ベンチャーには「スピード、サイズとも日本はかないません」と言う。「日本は何でもそこそこにあるので、強烈なニーズがない分、新しいサービスが生まれづらいのかもしれません」

中国の状況については、道村氏も同じ考えだ。

「中国はニーズが伸びれば、プレイヤーが増え、市場が伸びて、またニーズが増える、というプラスサイクルに入りやすい国なのかな、と思います」

ハグカムには最近も、子ども向けオンライン英会話を手掛けている中国企業から、事業連携のアプローチがあったという。

「どの企業も中国だけでは飽和状態になってきているらしく、海外展開を視野に入れているようです」

日本市場は飲み込まれるのか

 
 

では、中国の巨大教育産業に、果たして日本市場は飲み込まれるのか?

AI教育ベンチャー「atama plus(アタマプラス)」の稲田大輔CEOは、中国を注視しつつもあくまで自社開発に注力すると言う。

「中国はエドテックのユニコーン企業を多く輩出していて、グローバルに注視しているマーケットの一つです。一方で、エドテックのプロダクトは教育コンテンツとテクノロジー、デザインが一体となった開発によって良質なプロダクトになると考えています。atama plusでは自社で三者の一体開発を行っていく方針を取っています」

また、道村氏は「国民性やマーケット環境は、日本と中国では異なると思っている」と言う。

「中国のプレイヤーがそのまま日本に入ってくるのは難しいです。ソーシャルゲーム業界でも、海外ゲームは日本のゲーム会社がローカライズとマーケティングをしているケースが多々あります。エドテックでも同じような状態になるのではないでしょうか。技術については積極的に取り入れ、プレイヤーとしてはマーケットを住み分けて連携をしていけると考えています」

教育テクノロジーの開発で、中国の後塵を拝している日本。日本市場が飲み込まれるのかどうかは、エドテックの若きリーダーたちの手腕にかかっている。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。