厳かなる即位儀式『大嘗祭』は灯篭と月かりのもとで すべてを取材した記者の全記録

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  • 大嘗祭とは「悠紀殿供饌の儀」と「主基殿供饌の儀」の2つの儀式から成る
  • 灯篭と松明と月あかりのもと、新米などを神々に備え国家国民の安寧を祈願する
  • 一代に一度の重要な皇位継承儀式の詳細を時系列で振り返る

皇居・東御苑で行われた即位儀式『大嘗祭』

11月14日夕方から15日未明にかけ、皇室にとり重要な即位儀式『大嘗祭』が皇居・東御苑に造営された大嘗宮で行われました。大嘗祭とは、1200年以上前から行われている皇室の伝統的な即位の儀式で、新天皇が天照大神などの神々に初めて新穀を供え、国民や国の安寧と五穀豊穣を祈り、神々と食事を共にするものです。


その大嘗宮は21日から12月8日まで一般にも公開されました。乾通りの一般公開と重なったことや公開後大嘗宮は取り壊されるということもあり、80万人近くの人が皇居を訪れました。

一般公開された大嘗宮

私は、15日の未明から大嘗宮の主基殿で行われた儀式を参列者と同じ場所から取材。改めて、どのような儀式であったか、参列者の目からはどのようなものであったか書き記したいと思います。

「悠紀殿供饌の儀(ゆきでんきょうせんのぎ)」

11月14日午後6時半
「悠紀殿供饌の儀」が始まりました。
「斉田点定の儀」の亀卜により東日本の悠紀地方と西日本の主基地方は、それぞれ栃木県と京都府に定められ、この悠紀地方の栃木県から収穫されたお米を使い、「悠紀殿供饌の儀」の祭祀が行われました。

10月15日に運びこまれた新米

午後6時を過ぎると陽の明かりはなく、天皇陛下が身を清めお支度をする廻立殿からお出ましになった際に送られてきた映像はざらついたものでしたが、白の御祭服という最も格式の高い装束姿の天皇陛下が引き締まった顔でまっすぐに前を見据えていらっしゃる様子を拝見しました。

陛下の前には三種の神器のうち剣と勾玉が入った箱のようなものを捧げ持つ侍従の姿も見ることができました。実は、その前に御筵道(ごえんどう)というコモを広げる侍従、後ろには巻き上げる侍従がいましたが、中腰で陛下の足下にいるためあまり見ることはできませんでした。

このコモを陛下の前で広げる侍従と後ろで巻き上げる侍従は、皇宮警察のOBが担当したと言うことです。陛下の進む道は全て真っ直ぐではありませんがコモは真っ直ぐしか敷けませんから、陛下が曲がるたびに、用意されていたコモを新たに真っ直ぐ引いていったということです。

陛下が曲がるたびに、用意されていたコモを新たに真っ直ぐ引いていく侍従

陛下の頭上には、ご菅蓋(かんがい)という傘が後ろから捧げられています。頂点には鳳凰が飾られています。私が考えるに、この笠が忌みを避けるバリアーのようなものだったのでしょう。通路には雨よけの屋根が設けられていましたから。

陛下の頭上にはご菅蓋(かんがい)という傘が後ろから捧げられる

陛下が悠紀殿に入られる前に、皇后さまが廻立殿(かいりゅうでん)をご出発。帛の十二単という、こちらも白い装束で姿を見せられました。皇后さまは、帳殿という場所へと進まれました。男性皇族方は陛下の後ろに続き、悠紀殿の前に設けられた小忌幄舎へ、女性皇族は皇后さまの後を歩かれ殿外小忌幄舎と呼ばれる場所へと進まれています。そして、膳屋から神様にお供えする神饌(しんせん)を運ぶ神饌行立(しんせんぎょうりゅう)が行われました。

帛の十二単という白い装束でお姿を見せられた皇后さま

では、参列者の目から見ると、この祭祀はどのようなものだったのか・・・

大嘗宮の中の位置関係

「主基殿供饌の儀」

11月14日 午後11時
取材陣は大嘗宮正門前に集まりました。まずは、招待者の参入の模様を取材しました。儀式を通しで取材する記者は、左右の幄舎(あくしゃ)の最後列に座ります。

午後11時半
11時半少し前に参入してきた人たちは、宮内庁OBや現職の職員など。夕方の悠紀殿の行事だけ出席して帰られた方もいたようでした。お年を召している方も多く、またこの日は気温が下がることが予想されていたので、体を大事にされたのでしょう。続いて、各界の著名人、国会議員、閣僚と続き、最後に三権の長が着席しました。右側の幄舎からだと、悠紀殿を見ることはできますが、主基殿までは距離があり、見にくかったと思われます。ちなみに私は左側の幄舎の主基殿の入り口正面あたりで取材しました。

午後11時50分
安倍首相夫妻も席に着きました。

11月15日 午前0時5分
宮内庁職員から、まもなく儀式が始まるため幄舎の照明が落とされることが告げられます。すると、おしゃべりしていた議員たちも静かになりました。

月明かりが儀式を照らす

午前0時8分
幄舎の照明が落ち、あたりは松明と灯籠の明かりだけとなりましたが、満月近かかったこともあり、月明かりはあったため、真っ暗という感じではありませんでした。まず、衛門(えもん)と呼ばれる古式装束に身を固めた衛門が南神門から入場しました。

午前0時14分
静寂の中、膳屋(かしわや)から歌が聞こえてきました。稲春歌(いなつきうた)です。臼と杵を使って、米を調理する際、歌われるものです。ただ現在では、臼と杵を使いますが、米をつくことはなく、形だけだということですが、歌は歌われます。「えーん、えーいやぁ」と哀愁ある調べでした。

そして庭積の机代物、全国から献上された産物を主基殿の南側の幄舎に納められます。庭積の机代物は、神様にご披露するもので、神様に供えられる神饌とは別のものです。

午前0時20分
宮内庁職員から起立を促されました。柴垣内の職員からの合図です。両陛下の動きに合わせ、合図が来るのです。その後も。私たちは柴垣の外にいますので、柴垣内にいる職員が提灯を振り幄舎にいる職員に見えない両陛下の動きにあわせ合図を送ってくるのです。

この起立は、主基殿で神職による祝詞が奏上されるのに合わせたもののようで、4分ほどで着席します。

午前0時26分
起立のアナウンスが行われました。陛下が廻立殿からお出ましになられた時刻だと思われます。そしてしばらくの間は起立し続けることになります。雨儀廊(うぎろう)と呼ばれる、屋根がついた廊下の奥に明かりが見え、その光が確認できました。陛下の前を行く侍従の持つ脂燭と呼ばれる松明の明かりです。明かりはどんどんと強くなっていきます。

そして、陛下は殿外小忌幄舎を超えたところで左に曲がるのですが・・・前の人たちの頭と頭の隙間からわずかに陛下が静々と進まれるお姿を垣間見ることができました。その間に、雨儀廊の奥に再び明かりが見えました。

皇后さまの列が進んで来ていました。陛下が主基殿に入られるところを拝見しつつ、皇后さまのお姿を垣間見ます。皇后さまは帳殿へと入られますが、裾が長く、女官たちが裾をお入れしているのが見えました。ここまでで、約10分。着席しました。

楽士たちが南神門を通り柴垣内へと進み、主基殿前の幄舎に着きました。国栖の古風(くずのいにしえぶり)と呼ばれる歌と音楽の演奏が始まります。国栖とは山にすむ人たちのことを指すようで、農耕文化とは違う文化の歌と音楽であり、当時の文化すべてを取り入れつつ、天皇の即位をお祝いしていたことが分かります。続いて、主基地方の風俗歌が演奏されます。これらはすべて、宮内庁楽部による演奏です。

音楽が終わると、起立の合図が来ます。そして、拝礼。皇后さまの拝礼に合わせ私たちも拝礼した形になりました。そして起立したままでいると、皇后さまは帳殿を出られ、元の雨儀廊へと戻られました。その後には、殿外小忌の幄舎におられた女性皇族方が続かれました。提灯が柴垣内から降られ、着床します。楽士たちも退場しました。

神饌行立(しんせんぎょうりゅう)

午前1時前
膳屋から神饌行立(しんせんぎょうりゅう)が始まります。主基殿に並べる神饌が運び込まれていくのです。主基殿に入る直前、起立すると、「おーしー」と警蹕(けいひつ)と呼ばれるかけ声が聞こえました。警蹕は神様がお出ましになった際にかけられる声であることから、運ばれていく神饌自体に神様が宿っていると考えていいでしょう。今回供えられた稲穂を収穫する際、天照大神を守護する八神においでいただく祝詞がよまれたことからも、これら神饌には八神の霊力が込められたと私は思っています。

午前1時
私たちは着席しましたそして。ほぼ同じ頃から神楽歌(かぐらうた)という音楽が始まりました。琴のような琵琶のような弦がはじかれ、音取りに続き、歌声などがゆっくりしたリズムで流れていきます。

厳かな儀式の中、神楽歌が流れてくる

午前1時15分頃
神饌などは全て主基殿の中に運び込まれ、布製らしき帳も下ろされ、松明を持った侍従だけが入り口に控えました。あたりには、松明の明かりが見え、神楽歌が流れています。

そんな中、主基殿の帳に目をこらすと、奥に2つの明かりが見えます。人が前を遮ると火は見えなくなります。これまでの資料から察すると、やはり内部にある火の明かりのようです。この明かりは、最後まで確認することができました。

夜も更け、午前1時15分以降の約1時間は、動きが止まったかのような時間となっていきます。相変わらず、スローな音調の神楽歌が続きます。当然、睡魔との戦いとなります。前列の招待者の中には頸が横向きになる人、うつむき加減になる人もいます。睡魔を振り払うためか、トイレに立つ人もいます。松明を持つ人やかがり火をたく人、衛門などは一定時間で交代していきますが、我々はただ椅子に座っているだけです。一番後ろにストーブがあることもあり、記者の中にも限界を迎えた人も見られるようになっていきました。

午前2時23分
私の睡魔もピークを迎えた頃、主基殿の帳があげられ、机のようなものが入れられました。陛下の直会なのでしょうか。中をうかがうことはできません。その十分後、「ご起立ください」との声がかけられます。陛下のご拝礼のタイミングの様です。すぐに着席します。その直後、幄舎の奥にいる私たちのところまで冷たい風が吹き込んできました。これまでなかったことです。

午前2時50分
帳があげられ、神饌が運び出され始めました。

午前3時15分
そして、陛下が姿を見せられたのが午前3時15分。元来た道を進まれました。この間も私たちは起立して迎えます。

午前3時23分
着席すると幄舎の照明がたかれました。儀式はすべて終了しました。

儀式を終えて主基殿からでてこられた陛下のお姿を映像で見ると、大変お疲れのように見えました。神様に神饌をとりわけ、ご自分でも召し上がる3時間近くを陛下は正座したままだったわけで、本当に過酷な儀式で会ったと思います。しかも明かりの火は熱く、殿内も暑く息苦しかったのではないでしょうか。

両陛下はこうした負担がかかる儀式の中で、国の安寧と国民の幸せを祈られているのです。

【執筆:フジテレビ 解説委員 橋本寿史】

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