徴用工問題に端を発し、GSOMIA破棄と泥沼化する日韓関係。底の見えない相互不信に出口はあるのか?

「全世界史」などの著書を持ち、最近「哲学と宗教全史」を上梓した立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長にその答えを伺った。(聞き手:鈴木款解説委員)

どういうタイムスパンで考えるかが外交の基本

ーー日韓の相互不信はまったく先が見えない状況です。そもそもなぜここまでこじれてしまったのか?出口学長は今回の問題をどうご覧になっていますか?

外交で最初に思い出すのは鄧小平の言葉ですね。鄧小平は尖閣諸島問題について「我々の世代は知恵が足りない。次の世代は知恵があるのかもしれないのだから、十年棚上げしても構わない」という趣旨のことを言っていますよね。

国と国との関係は、どういうタイムスパンで考えるかが、まず基本になると思います。そうするとまず長い目で見ると、韓国は一番お隣にあって、人の行き来もずっと昔からあって、一時的に不幸な時期は何度かありましたが、巨視的に見れば、お互いがウインウインであるということは、ほぼ皆さん、反対しないと思うんですよね。

ーーとは言え、ここまでこじれてしまった。

僕はどちらが悪いと言うのは、これ以上詮索しても仕方ないと思うんですよ。中高生の喧嘩でも最初は些細なことから始まって、お互い売り言葉に買い言葉で、「お前とは絶交や」とか、みんなそういう経験持っていますよね。だから短いスパンでは、そういうことがよくあるんだと。

じゃあ中高生が喧嘩してどうなったかと言えば、ある程度時間をかけてお互いの頭が冷えてきたころに、何かのきっかけで「すまんすまん」とまた仲良くなった経験が皆さんあると思いますがいかがですか。

今は、双方が冷静になるべき

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ーー徴用工問題では、日本は国家として賠償は終わったと。一方の韓国は、個人賠償としてはこれからだと、お互いの言い分が平行線です。

そうですね。これも難しい問題で、近代国家はすべて三権分立ですよね。そうすると政府が最高裁判所に指示できるのかという原則的な問題がありますよね。だから普通は国と国とが仕切ったら、こういう風にはならないという見方もありますが、そして僕もそう思いますが、本当に三権が分立していたらこういうことも稀にはありうるのではないでしょうか。

ーー日本側としては喧嘩を売ってきたのは韓国だと。

確かにあの問題がきっかけで、喧嘩を売られたんだと思います。もちろん今の大統領のご性格も関係しているのかもしれませんね。ただ、どちらが悪いかと言えば、僕は向こうのほうが喧嘩を仕掛けてきたなとは思いますけど、中高生の喧嘩でも起こってしまったことは、どちらが悪いか、どちらが仕掛けたかと言っても解決しないですよね。ボタンのかけ違いみたいなもので。仲の良い人たちでも喧嘩をすることはよくあります。

長い目で見れば、国は引っ越せないので、隣国とは仲良くした方がいいということはみんな分かっているわけですから、ある程度冷却期間を置いたらいいと思います。

ーーこういう状況の中、日韓ともに対立を煽る人たちが現れてきます。

火に油を注がないことが一番良いことだと思いますけどね。こういう事態になると、お互いに喜んで火に油を注ぐ人が山ほど現れるのですが、それはどこの社会にも見られる現象です。でも、長い目で見れば火は消したほうが良いので、今はできるだけ冷静になることがお互いに求められているんじゃないでしょうか。

香港のデモはスピード感の違い

ーー長い目で見た外交と聞いて思い出すのは、中国と英国の香港返還交渉ですね。中国は返還を99年後としました。

すごい知恵ですよね。

ーーいま香港では学生や市民によるデモが拡大しています。あの動きについてはどう思いますか?

香港は今まで西側だったわけです。連合王国が統治権を持っていたわけですから。それと中国の中央集権的なシステムは水と油ですよね。中国はある程度賢くて、一国二制度というかたちで、ある程度タイムラグを置いて、ちょっとずつソフトランディングさせようと考えたんだと思います。

ただそれに対して中国のソフトランディングのスピードが速すぎると考える人がやはり香港にはいて、今回の問題が起こっているのではないかと思います。今の状況でもし中国が天安門事件のように武力で鎮圧するんだったら大問題になるとおもいますが、さすがに中国も武力行使は避けるんじゃないでしょうか。

米中貿易戦争で見える中国の外交力

ーー米国トランプ大統領がこの問題に急に関心を持ったようで、ツイッターで参戦してきましたね。

火に油を注いでいますよね。米中の貿易戦争で、例えば関税問題については、トランプさんが全部ツイートで攻撃を仕掛けているわけですよね。中国は同じ強さで全部反論しています。これは外交の鉄則ですよね。10言われたら10言い返すと。5はあかん、15でもあかんと。

一方的に悪い場合は別ですけれど、意見が対立している場合には、言い返すのが鉄則ですよ。貿易問題で中国がすごく賢いと思うのは、習近平も李克強も出てこないことです。出てくるのは報道官でしょう。報道官といっても政府の正式なスポークスマンですから、中国政府としてトランプ政権に100言われたら、100言い返してはいるのです。ただ出てくる役者が違うんですよ。冷静ですよね。

ーー日韓関係になると、トップ同士がやりあっている印象がありますよね。

最初から大将が出ていったら、後に引けないじゃないですか。その点中国は、習近平や李克強も少しはものを言っていますけど、あの二人はすごく慎重にタイムラグを置いてしかも抽象論、一般論で言い返しています。向こうは出てこないから、トランプさんも「習近平はいいやつだな」と言わざるを得ませんよね(笑)。だから中国はすごく賢いと思います。周恩来以来の中国の外交官の能力は大したものだと思います。

歴史上隣国は知恵を出し合ってきた

ーー日本と韓国の関係に戻ると、結局何が悪かったんでしょうか。日韓ともにもう後に引けなくなってきました。

外交で大事なことは、長期的なスパンで何が大事かということとを考えることと、短期的に起こった問題をどう収めるかを峻別することですよね。火に油を注いでいる人は「韓国にサヨナラと言おう」とか「韓国なんか無くなってもいい」とか、極端なこと言っていますよね。

でも家なら引っ越せばいいんですが、国は引っ越しできないので、世界の歴史を見ていても、やはり隣の国とはどこの国であっても長い目で見れば、知恵を出し合って仲良く付き合っています。

ポイントは、中長期的にどうしたらいいのかという観点と、喧嘩をどう収めるんだという問題は別だということです。そこをごっちゃにしたらあかんと。

ーー頭を冷やすことはできますかね。

一般に経済が成長せず、社会に閉塞感が強まると極論を叫ぶ人が現れます。平成の30年間、日本の正社員は2000時間労働して経済はほとんど伸びていません。いまの日本の閉塞感は、少子高齢化と低成長が二大要因だと思います。

ーー大局的に見ると、状況がとてもわかりますね。ありがとうございました。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

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鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。