「日本の企業は人権に関する意識がこれまで低すぎた」
SDGsに対する意識や取り組みが日本企業にいよいよ根付き始めている。一方で「日本企業は『SDGs=環境』と思い込み、人権配慮には関心が薄い」と指摘するのは、「すべての企業人のための ビジネスと人権入門」の著者羽生田慶介氏だ。
なぜ日本企業は人権への意識が希薄なのか、そして高めるためには何が求められるのか取材した。
日本人の人権への意識は世界より低い
「SDGsの中でも日本人は環境に関心が偏重しています。人権にかかわる飢餓、貧困、健康福祉、教育やジェンダーのいずれも、日本人の意識は世界より低いのが現状です」
こう語るのは「すべての企業人のための ビジネスと人権入門」の著者であり、株式会社オウルズコンサルティンググループの代表取締役CEO羽生田慶介氏だ。
国連の調査によると、日本はSDGsの環境に関する目標には世界に比べて極めて関心が高い一方、人権に関する目標には軒並み世界より関心が低い。
この記事の画像(7枚)「日本企業は人権スコアで軒並み0点に近い評価を受けています」(羽生田氏)
世界の主要企業の人権への取り組みを評価・格付けするCHRB(=企業人権ベンチマーク)では、日本企業は上位のサントリーやキリンHD で20~30%で(100%が満点)、0~20%に日本のトップ企業が集中している。
過去10年で日本企業の人権リスクは高まった
この理由を羽生田氏はこういう。
「日本企業がサプライチェーンの実態を把握すらしておらず、人権デューデリジェンス(※)をきちんとやってこなかったためです。日本企業はこの10年間、売上を拡大できずに大幅なコストダウンのみで利益を創出した結果、海外サプライチェーンの強制労働や児童労働、国内ではハラスメントや長時間労働などの人権リスクが高まりました」
(※)企業が人権侵害に関わるリスクを評価分析し適切な対策を行うこと
しかし世界は近年、企業活動における人権問題により厳しい目を向けている。そのきっかけとなった1つが中国新疆ウイグル自治区での強制労働だ。日本企業14社を含む世界の大手企業が、下請け等でウイグル人の強制労働に加担している疑いがあると指摘された。
「いま世界的にESG投資(※)が増えていますが、日本人の多くがESGのうち脱炭素しか意識していません。実はESGにおいて開示要求の項目数は環境よりも人権のほうが多いのですが、日本の多くの経営者がこの認識を持っていません」
(※)Environment=環境・Society=社会・Governance=企業統治に配慮する企業を重視して行う投資
難民、ジェンダー…深刻な日本の意識の遅れ
これまでも日本の人権への関心の希薄さは、国際的に問題視されてきた。
日本の人権状況について国連の人権に関する委員会は昨年11月、日本の入管施設内で収容者が死亡したことに対して日本政府に改善を勧告した。これは一昨年名古屋入管の施設で死亡したスリランカ人女性ウィシュマさんへの対応も含まれている。
同時に国連の委員会は、国際基準に沿った人権救済機関を早期に創設するよう求めた。
またジェンダーへの日本の意識の遅れも深刻だ。
男女間の不均衡を示すジェンダー・ギャップ指数は、世界146か国中116位でG7の中で断トツ最低で、アジアの中でも中韓、ASEAN諸国より低い。この10年、日本のジェンダー・ギャップ指数の順位は、内戦の爪あとが残るアフリカ諸国と同水準の低さとなっている。
つまり世界がジェンダー平等実現に向かう中、日本はギャップ解消への意識と取り組みが不足していると言える。
難民をダイバーシティと外国人材として登用
難民への人権意識について、羽生田氏はこう指摘する。
「日本はこれまで難民受け入れが、極端に少ない国とされてきました。ウクライナの方々も“避難民への特例”として対応しており、今後も政府の方針が大きく変わるか分かりません。日本企業の難民に対する包摂性も、決して褒められる状況ではありません。しかし難民の中には母国での高い学歴や起業経験を持つ人材も多く、雇用すれば企業のダイバーシティ拡大が進むだけでなくイノベーションの源泉となる可能性もあります」
2022年12月福岡で開かれたアフガニスタンからの難民と地場企業による交流イベント。祖国の政治混乱から逃れ日本での就職を望むアフガニスタンの難民に対して、優秀な外国人人材を採用したい企業が交流に訪れた。
このイベントに参加したある企業は「日本で活躍していきたいビジョンを明確に持っている方が多く就労意欲も高い。弊社のように受け入れ経験のない企業がマッチするかどうか、理解促進のために重要なイベントだと感じた」と語った。
このイベントを共催したNPO法人WELgee(ウェルジー)の渡部カンコロンゴ清花代表理事は、「報道でしか見たことがなかった“難民”と初めて出会い、意欲と志に触れると“個人”としての解像度が上がります。企業の気づきは、社会の気づきにも繋がります」という。
人権対応は新たな事業機会を創出できる
羽生田氏は「ビジネスにおける人権対応は、新たな事業機会を創出できる」と語る。
「たとえばエレベーターの中の鏡があります。あの鏡は身だしなみを整えるものではなくて、実は車いすユーザーがバックしやすくなるための人権配慮プロダクトなのです。これにセンサー等のテクノロジーが載ればいろいろな高付加価値化が想定できます」
また子どもたちの周りでも、人権対応が新たなプロダクトを創出している。
「ランドセルはかつて赤と黒だけでしたが、赤いランドセルが嫌いな女の子もいる。つまり色のバリエーションを増やせばビジネスが生まれ、子どもたちの生きづらさの解消にも繋がるのです」(羽生田氏)
2023年は「人権ビジネス」元年となる
約30年前日本で「環境ビジネス」という言葉が生まれたとき、「環境にビジネスという言葉を付けるとは何事か!汚らわしい!」との批判があった。しかしいま環境は100兆円を超えるビジネスとなっている。では「人権ビジネス」はどうなるのか?
羽生田氏は「困窮者の弱みにつけ込んで儲けるという発想は間違っています」という。
「人権配慮を広めるためのビジネスは、おおいに正しい企業活動だと思っています。ビジネスにおける人権配慮は、リスクマネジメントだけではありません。企業がビジネスを通じて人権にかかわる課題解決に取り組むことは、社会価値と経済価値が両立する新たな産業の姿と言えるでしょう」
2023年は日本企業がSDGs実現を目指す中で、「人権ビジネス」元年となりそうだ。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】