アメリカ東部のペンシルベニア州フィラデルフィア市で、韓国系団体が慰安婦像を設置した公園を計画している問題が重要な局面を迎えている。この計画を担当する市の芸術委員会は、計画のプレゼンテーションと意見表明を行う特別会合を9月19日に、そして10月12日の定例会議で計画の是非を決する投票を実施すると発表した。

この投票で芸術委員会委員の過半数が賛成すれば計画は実行に移されることになる。慰安婦像には「組織的な性奴隷」「犠牲になったアジア、オセアニア、ヨーロッパの数十万人の少女と女性を記念するもの」という碑文まで刻まれる予定だ。

一体、なぜこのような事態がアメリカで起きているのか。また、これまでに何があったのかをその背景を取材した。

市の中心部に計画された「慰安婦像公園」

推進派が計画の説明会で示した資料
推進派が計画の説明会で示した資料
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アメリカ国内にはすでに10数か所に慰安婦像が設置されているようだが、1776年に独立宣言が採決され、アメリカが誕生した歴史あるフィラデルフィアの中心部に、「慰安婦像公園」の計画が発表されたのは、2021年2月のことだ。地元紙は、韓国系アメリカ人の市議などが韓国系団体と協力して、この話を推し進めてきたと報じている。

「公園と(慰安婦)像が一緒に作られるのは、世界で初めてのことです」。

計画を推進する韓国系団体の代表は説明会で、「過去と向き合わなければ、未来の世代に平和をもたらすことはできない」、「30年代から40年代にかけて日本が占領したアジア・オセアニアの国々から、20万人以上の少女や女性を性奴隷にした制度という歴史に触れることができる」といった意見を述べていた。

計画されている公園の中心部には慰安婦像が設置される(説明資料より抜粋)
計画されている公園の中心部には慰安婦像が設置される(説明資料より抜粋)

さらに、この像はカリフォルニア州グレンデール市に作られたものと同じものを想定しているという。ソウルの日本大使館前にある少女像とも同様のものだということだが、彼らはあくまで「芸術作品」と強調していた。

また、この像には以下のような碑文も刻まれることが判明する。

「この銅像は、1931年から1945年まで日本帝国陸軍による組織的な性奴隷制の犠牲になったアジア、オセアニア、ヨーロッパの数十万人の少女と女性を記念するものである」。

碑文の内容については日本政府の立場と違うところがみられる。日本政府は、1997年の閣議決定で軍などによる「強制連行」を直接示す資料はないとしている。また、「性奴隷」という表現については2015年の日韓合意で事実に反するため使用するべきではないと韓国側と確認したとしている。さらに、慰安婦の「数十万」という数字は史実に基づくとは言いがたいと説明している。

これでは、日本と韓国間にさらに亀裂を深めさせ、現地に在住する多くの日本人、特に子ども達の生活にも影響を与えることだろう。そして、そもそもなぜアメリカにこの銅像が設置される必要があるのか。さらに、この芸術委員会のメンバーには、歴史などの専門家はおらず、建築家、芸術家、彫刻家などで構成されている。この時点での説明会では、特段大きな反発もなく、計画を進めることが委員の予備投票で承認されてしまった。

慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的に解決」で合意した日韓合意の記者会見(2015年:外務省HPより)
慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的に解決」で合意した日韓合意の記者会見(2015年:外務省HPより)

歴史的根拠は?市の回答に疑問点が次々と…

計画の説明会では「世界で初めて」慰安婦像と公園が一緒になることが強調された(説明資料より抜粋)
計画の説明会では「世界で初めて」慰安婦像と公園が一緒になることが強調された(説明資料より抜粋)

2022年2月には、市による慰安婦像設置に関する説明と公聴会もオンラインで開催された。

この内容については、会議の中や事後に質問されたものについて、日本語でも回答が公開されている。

https://www.creativephl.org/ce/statue-of-peace/

主な質問と回答を抜粋して紹介する。

質問:
平和公園と平和の少女像が、民族の分断をさらに進め、反アジアの差別を助長するのではないか?
回答:
サンフランシスコやカリフォルニア州グレンデールに建てられた同様の銅像が、民族間の溝を深め、反アジアの憎悪を増大させていないかどうか、米国司法省に問い合わせをしました。 これらの都市のアジア系アメリカ人や太平洋諸島出身者のコミュニティでは懸念がありましたが、銅像に起因すると思われるヘイトクライムの増加は確認されませんでした。

質問:
特定の国を非難する彫像は芸術品なのか?
回答:
パブリックアートは物議を醸し、人々が難しい話題について会話するための機会を提供することができます。

質問:
「平和の少女像」と題されたページの説明文に「性奴隷」とあるが、「慰安婦」という言葉を使うべきではないか?
回答:
平和公園委員会では、強制連行、強姦、殺人の被害を正確に表現している被害者の要望を受け、事実に基づく表記を行っています。 「慰安婦」は、売春婦を意味する婉曲的な日本語の訳語です

このフィラデルフィア市の進める「慰安婦像公園」の問題は大きくわけて2つあると考える。
1つは誰しもが賛同する「平和」や「平等」という価値観を全面に押し出す一方で、歴史的な根拠、事実、背景についての検証も行われていないとみられ、一方的に推進する韓国系団体の主張を鵜呑みにしてしまっていること。2つ目に、ヘイトクライムがないことを理由に挙げているが、明らかに日本を対象に批判する内容であり、地元フィラデルフィアでも日本人のみならず、様々なコミュニティから反対活動が起きている状況で、それを実行に移せば、地域の分断、差別、偏見につながることが考慮されていない点だ。

世界的な韓国系団体による運動の「最新版だ」

フィラデルフィア市でなぜこのような計画が進められているのか?この計画を取材してきた、フィラデルフィアの地元紙「フィラデルフィア・インクワイアラー」の記者で、ジャーナリストのクレッグ・マッコイさんに話を聞いた。

「フィラデルフィア・インクワイアラー」の記者で、ジャーナリストのクレッグ・マッコイさん
「フィラデルフィア・インクワイアラー」の記者で、ジャーナリストのクレッグ・マッコイさん

――なぜこの計画が進んでいるのか?

これは国際的な運動です。この慰安婦像は世界中に設置され、あるところでは反対運動が起こり、またあるところでは成功しています。この一連の運動の最新版と言えるでしょう。

――韓国人コミュニティはフィラデルフィアではどのような影響力を持っているのか?

私たちの地域の韓国系アメリカ人コミュニティは、かなり大きく成長していると思います。韓国系アメリカ人の声を聞く機会が増え、組織化も進んでいます。

――今後のこの動きはどうなるのか?実現してしまうのか?

韓国系アメリカ人協会と、フィラデルフィア地域の日本系アメリカ人協会とが対立していますが、それだけではありません。早くから支持していた政治家の一人が手を引いて、支持を撤回し、フィラデルフィアの市長もどちらかの立場を取ることはないと言っています。一方で市長のもとには芸術や文化に携わる人たちがいて、この動きを支持している。非常に複雑な状況なのです。

――フィラデルフィアの芸術委員会のメンバーは、日本と韓国の間で結ばれた合意などを知っていたと思うか?

いいえ、知らないと思います。アメリカには、「ママとアップルパイ」という表現があります。これは、議論にならないこと、つまりすべての政治家が賛成するようなことです。この計画の当初、人々は歴史的な知識もなく、詳細も知らない、被害者に配慮した計画を誰が気にするのだろうと感じました。そのため、早い段階では支持されるようになった。それが、あなたや人々、メディアの報道によって変化したのだと思います。

マッコイさんは、あくでも「中立」な立場として取材を行っていることを強調していた。一方で、この問題の深刻さも理解した上で、賛成派、反対派が双方活動していることで、今後の推移は見通せないとしている。どちらの意見にも配慮した「妥協案」に落ち着く可能性も指摘した。

ドイツにも慰安婦像が設置されている
ドイツにも慰安婦像が設置されている

日本人会は「アジア人攻撃」「日本批判の拠点化」に懸念

現地に在住する日本人・日系人コミュニティからは大きな懸念の声が挙がっている。この計画に反対の活動をしている、「フィラデルフィア日本人会」の船木真理会長と、パット・デイリー副会長にも話を聞いた。

「フィラデルフィア日本人会」の船木真理会長(画面左上)と、パット・デイリー副会長(画面下)
「フィラデルフィア日本人会」の船木真理会長(画面左上)と、パット・デイリー副会長(画面下)

――計画の説明を聞いてどう思ったか?

船木さん:
正直なところ、なぜフィラデルフィアで?これがもし本当に進んでしまうと、この地域の日本人・日系人コミュニティ、日本人およびそのご家族、あるいはアメリカに帰化された方々にとって非常に安全を脅かされる存在になると思いました。

――日本人会としての行動は?

船木さん:
私たちは、あの像が設置されてきた世界各地で何が起きてきたのかということ、日本を攻撃する活動が行われる拠点として使われてきたことに対して、非常に大きな懸念を持っています。それが、特に新型コロナウイルスの感染でもって広まったアジア人差別、あるいはアジア人を攻撃するという動きにさらに火に油を注いでしまい、地域の安全、安心な暮らし、特にこちらの方々にとってアジア系の方々、それが日系なのか、韓国系なのか、中国系なのかというのは決して区別がついているわけではないですから、日本人、日系人コミュニティだけではなくて、アジア人全体にとって非常に暮らしにくい状況になるのではないかということを懸念し、この像を公共の場所で設置すべきではないという考えを表明してきました。

――計画を推進している人達の動きをどう見ているか?

船木さん:
日本と韓国、あるいは朝鮮半島の方々との関係を悪い方向に、明らかに悪い方向に持っていく動き。これがどういうメリットがあるのかというのはよくわからないなというのが正直なところです。

アジア人差別やアジア人の攻撃に繋がることに懸念を示す船木会長
アジア人差別やアジア人の攻撃に繋がることに懸念を示す船木会長

日本人会に広がる支援…今、日本人に求めることは?

さらに、船木さんはこうも続けた。

船木さん:
ユダヤ人委員会の方々からは、「決してホロコーストを記憶する意図と同じ像ではない」というお声を頂いておりますし、黒人系の団体からもやはり我々の考えにご賛同いただく声を頂いております。さらに韓国系の方々もすべての方々が同じ考えではなく、一部にはこの動きに賛同する方々もいるようですが、特に関心のない方々もいらっしゃるようだと理解しております。

また、パット副会長は推進派の説明には、次のような懸念を持っているという。

パットさん:
もしこの像の設置が許可されたら、抗議活動が始まる場所になると思います。公共の公園である以上、韓国の団体が好きな時に好きなだけ抗議することは間違いないでしょう。そして彼らは、大勢の人が集まることができるあの場所が好きだと、目的の中で述べています。

推進派が説明会で「彫刻と向き合うにはとても静かで、集会やセレモニーにも対応できるような場所です」と発言していたことが思い出される。

公園が抗議集会などに使用され、対立を煽ることになると懸念を示すパット・デイリー副会長
公園が抗議集会などに使用され、対立を煽ることになると懸念を示すパット・デイリー副会長

一方で、船木さんは苦しい立場もあると話した。フィラデルフィア日本人会の中にも、韓国人と結婚した人や、繋がりを持つ人はいる。そのため、日本人会としては歴史認識の部分で意思を統一する考えはないという。

船木さん:
これが正しかった、本当にあったのか。あるいは捏造なのかということ。個人的には見解はありますが、日本人会として何か持つわけにはいかないだろうと。歴史的に何があったんだというところまでは踏み込んで、何らかの立場をとるわけにはいかない。

そして、日本の国民や、世界各地にいる日本人・日系人コミュニティなどに次のようなお願いも託された。

船木さん:
歴史問題、そこを持ち出しても決して相手側と何らかの合意点に至ることは決してないわけで、簡単に解決できる問題ではないだろうと思っています。
理想的にはそこで委員会の方々に「我々は政治には踏み込みたくない」と思ってもらえるかもしれないけれども、最悪の場合むしろ逆に相手側のロビー活動の方がうまくいってしまって、日本人・日系人コミュニティ側は、何か歴史に根差さない不当な動きをクレームしているだけだという結論に至ってしまうかもしれない。逆の効果を及ぼしてしまうかもしれない。
支援してほしいのは、この像と同じような像が建てられてきた世界各地で日本人・日系コミュニティを攻撃する材料として使われてきたんだと。その結果として、各地で日本人・日系コミュニティの方々に対する差別、あるいは攻撃が起きた。それをフィラデルフィアでは起こしてほしくない。起きてほしくない。と同時に、パンデミックが広がる中で、アジア人の差別・攻撃というのが起きましたので、同じようにあなた方、韓国系、中国系、あなた方のコミュニティも攻撃されますよ。そういう世界は嫌でしょうということ。それを皆さまでご支援いただくのが一番良いのかという風に思っています。

船木さんや有志のメンバーは19日の特別会合にも参加するという。この像が作られた場所でこれまでに何が起きてきたのか。その事実を、日本人会を代表する弁護士が15分ほど意見陳述を行った後に、2分間という限られた時間ではあるが意見表明するという。

FNNは推進する韓国系団体にも取材を申し込んだが、9月18日現在返事は来ていない。

開催迫る、焦点の「特別会合」

匿名のアメリカ人識者は取材に、ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像と、それを支援している団体の活動の様子を挙げ、「明らかに日本に挑発的である。記念のためのものではない。これは攻撃的なもので、そこは対立があった。策略として日本人を厳しい立場に追い込んだり、相手をすぐに追い詰めたりするのは、ある意味天才的だ。日本人の立場は厳しいというか、自分の立場を説明するのが難しい問題だと思う」とも語っていた。

焦点となる特別会合は現地の9月19日午前9時30分(日本時間19日午後10時30分)から、そして最終的な結論を行う投票は10月12日行われる。

FNNはこの委員会の動きについて、市の行政を担う全ての市議会議員に対して、「公園計画の賛否」「碑文の記載される内容の歴史的根拠」「2015年の日韓合意に対する考え」などを含んだ質問状も送付した。この点についても9月18日時点で返信は来ていない。

特別会合後に控える10月の投票について、フィラデルフィア市に問い合わせてみたところ以下のような回答だった。

・委員会の委員の定数(5人)を満たした上で、過半数の賛成で決定される
・委員が提案を承認しない場合、この提案は設計通りに進められないことを意味する
・委員が提案の継続を決議した場合、追加情報を検討するための別の会合が必要であることを意味する。
・委員はまた、承認(条件付き)に投票することもできる。これは、承認される前に、提案に一定の変更を加える必要があることを意味する

現地日本人会からあがる悲痛な声とともに、この計画がどのような推移をたどっていくことになるのか。引き続きお伝えしていきたいと思う。

【執筆:FNNワシントン支局 中西孝介】

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。