1月27日に公示された衆議院選挙。
鳥取1区には、自民、国民、共産、参政から4人が立候補し、前総理大臣に新人3人が挑む構図で選挙戦に入りました。
自民党の前職で前総理大臣の石破茂氏は、鳥取市の事務所前で第一声に臨みました。
今度の選挙は、日本国がいかにあるべきか、鳥取はいかにあるべきか、それをきちんと語るまっとうな政治を取り戻す、そういう選挙にいたしたい。
今度は選挙期間中、半分は鳥取におります。選挙区に帰ります。今までほとんど帰ることもなかったんでありますが、今回は原点に帰るつもりで全国同志の応援もありますが、半分はこの選挙区にて皆様方に自らの声で訴えてまいります。
物価をどうするんだ?ということが争点の一つです。みんな減税、減税と言うけれども、私が総理の時に申し上げたように、一番の物価高対策は物価高を上回る賃金上昇を実現すること。これが一番の物価高対策であります。長く賃金が上がってこなかった。日本の経済は 1995年ぐらいが一番、日本の経済は中国の7倍の規模がありました。あと3年経つと日本の経済は中国の5分の1になります。35倍の開きが何で生まれたのかということを考えた時に、長い間ずっと賃金が上がってこなかった。雇用は維持するけれど賃金は上がらない、そういうのが長く続いてきた。これは間違いです。いかにして賃金を上げるか、いうことを内閣で全力で取り組んでまいりました。そしていろんな関連企業にどれだけのお金が払えるか、「今までの関係は維持するが、十分なお金は払えないけど勘弁してね」、これを長くやってきたのではないか。新しい商品、新しいサービス、そういうものを開発するためのそういう投資をずっと避けてきたのではないか。コストカット型の経済から付加価値を創出する経済へいうことを唱えてまいりました。
消費税の減税をするのであれば、その代替財源はどうするの、ということをきちんと考えないと。医療、年金、介護、それは一体どうなるんだ。地方の財政はどうなるのだ。このことをきちんと語っていかないで、減税だけ論じてはいけません。減税をやるからには、きちんとした代わりの財源が必要です。賃上げが必要です。そして円安を止めていかなければ。食料自給率38%、エネルギー自給率12%、円安になれば物価は上がるに決まっている。そうすれば円安が進み、金利が上がる。それは決して日本にとって良いことではない。いい話ばかりするのが政治ではないのであって、何が物価高対策かということをきちんと訴えます。
長い間、防災庁というのはできなかった。阪神淡路大震災、この鳥取でもすごく揺れた。あの時から防災庁を作ろうと言って30数年。東日本大震災があっても、能登半島地震があっても、防災庁はできなかった。日本は世界有数の災害大国です。だとするならば、予知、予報の体制も避難所の体制も、世界有数のものでなければならない。鳥取市は昭和17、18年大きな地震があった。昭和27年はこの鳥取市の中心部が全部焼けた。もう一度、日本一の防災都市を取り戻し、それと同時に国の防災のあり方。
地震があった。寒い日だ。能登半島地震は元日だった。被災をした人が体育館で雑魚寝みたいなことは、まっとうな国のすることではない。家は壊れた、自分も傷ついた。家族も傷ついた。仕事はどうなるかわからない、そういう絶望の淵にある人に一番温かい手を差し伸べないで、何が国家であるかだ。防災体制を確立します。
そして農業振興を図っていかねばなりません。食料自給率38%、これは独立国のやることではない。めればがものすごく上がる。それは何年か米の供給が足りないので、こんなことが起こる。これから先、世界の人は日本の素晴らしい農産物を求めているのである。そして子供たちには、安全な日本の食を提供しなければならないのであって、日本の食料、これを求めるという人は、世界にいっぱいいるにも関わらず、農地は減る、農業者は減る、これはまっとうな独立国のやることではない。農業政策を私が総理の時に抜本的に見直すということを提唱した。もう一度きちんとした農業政策を独立国家日本のために、私は確立を致してまいります。防災、そして農業政策、水産生産、森林生産、そういうものをもう一度きちんと鳥取からあるべき道を指示してまいります。
そして地方創生、これは単なる地方の振興策ではありません。なんで日本の人口はこんなに減るか、一番赤ちゃんが産まれない東京に人が集まるから、このようなことが起こるのであって、何で日本の経済が伸びないか、それは地方の潜在力を最大限に発揮できなかったからであって、地方がもう一度創生をすることは地方のためだけではない。日本国全体のために農業であり、漁業であり、林業であり、サービス業であり、中小企業であり、この中小企業の力を最大限に発揮して、日本創生、地方創生を皆さん方と共に、もう一度あの笑顔にあふれた手法を鳥取を取り戻すために、全身全霊を尽くしてまります。
私は確信を致しております。平和な日本を作ってまいります。安全な日本を作ってまいります。去年、遊びや冗談で戦後80年所感というものを出したのではない。なんで日本はあのような戦争に突っ込んだか、もし早く終わっていれば、広島であんなに人が死ぬこともなかっただろう。長崎で原爆で死ぬ人もなかっただろう。大勢の人の命が助かっただろう。誰もそんな決断をしなかったのはどういうことだ。平和はこの鳥取から私が取り戻してまいります。平和な日本、安全な日本、独立国日本、そして地方の力を最大限に発揮して、もう一度強い豊かな日本をこの鳥取から取り戻すために、全身全霊を尽くして訴えてまいります。