教員採用試験に合格したものの“辞退する人”が増えている。
高知県教育委員会によると、2025年度実施の小学校教師の採用試験で、合格者260人のうち160人が辞退(12月3日時点)。採用予定人数の130人に達しないため、12月に追加募集を行なった。前年度も10月までに合格者280人中204人が辞退している。
教員の採用現場で何が起こっているのか。教育問題、社会問題をテーマに取材活動を行うフリージャーナリストの前屋毅氏に話を聞いた。
優秀な人材確保のためだというが…
【フリージャーナリスト 前屋毅氏】
今、各地の公立学校で「教員採用試験に合格した人の多くが採用を辞退する」といった事態が起きています。
なぜこんなことになっているのか。 大きな要因のひとつは『教員採用試験(教採)の日程を早めたこと』にあります。
従来、教採は7月に行われ、9月~10月の合格発表が一般的でした。 ところが文部科学省は、2024年実施の試験開始日を6月16日に前倒しするよう、全国の教育委員会に要請したのです。さらに翌25年実施は5月11日を目安にすることを求めました。
前倒しの理由として、文科省は「民間企業の採用活動の早期化に対応するため」としています。民間企業の選考開始日は6月1日。教採の日程を早めたり、複数回実施することで、教員志願者の増加を図り、優秀な人材を確保する狙いだといいます。
しかし結果は、辞退者が大幅増加。採用予定人数を下回り、追加募集をかけることになってしまっているのです。
前倒しで他県の“模擬試験”に
高知県は『教採の前倒し』を先駆け的に実施。どこよりも早く試験を開始してきました。 そして大阪にも会場を設けるなど、積極的に取り組んでいます。
その結果、競争倍率は上がりました。しかし辞退者の数も大幅に増加。毎年のように採用予定人数に足りないという事態を引き起こしているのです。
関西の大学の教育学部の先生によると 、「度胸試しとして高知県の教採を受ける志願者が少なくありません」とのこと。
試験日程が早まることで、志願者は併願がしやすくなります。 高知県を受験した後に他県の教採を受験し、両方合格したら、第一希望の所を選ぶのです。
つまり、試験を前倒ししたところで『併願』を増やし、辞退者を増やすだけ。決して本気で高知県で教職に就きたい志願者が増えるわけではないのです。
原因は財務省と文科省の駆け引き?
文科省が前倒し実施を進める背景のひとつに、財務省の存在があると思います。
「予算をつけるためには、結果を出して下さい」というわけです。
文科省としては、併願でもなんでもいいから志願者の述べ人数を増やして、「これだけ教員志願者が増えています。競争倍率もこれだけあります」と結果を見せることが必要なのでしょう。
しかし、現実に『教師の数が足りない状態』になっていることからも、見せかけの競争倍率があがっても意味がないことは明確です。
日本の教師の労働時間は“世界最長”でも授業時間は短い…
今年10月、OECDが実施している『教員及び校長の勤務環境や学校の学習環境に焦点を当てた国際調査(TALIS)』の最新調査結果が発表になりました。
日本の教員の仕事時間は55か国・地域の中で“世界最長”。 しかも、調査に参加して以来、3回連続で“世界最長”なのです。
小学校の仕事時間は週に52.1時間。参加国平均は40.4時間です。 そして興味深いのが、日本の授業時間は23.2時間。参加国平均は24.9時間。 つまり、勤務時間が長いにも関わらず、授業の時間は短いのです。
何をやっているかというと「学校運営」に2.8時間。参加国平均は1.8時間です。 もっと言うと「事務仕事」が4.5時間。参加国平均は2.7時間。
日本は授業以外の仕事がとても多いのです。そこを見直さない限り、教員の仕事のブラック化は是正できません。
文科省は「前回2018年調査と比べて仕事時間は1週間あたり4時間減少した」と説明していますが、それでも世界で一番仕事時間が長いのです。
無責任な対応の尻ぬぐいは教員がやることになるのか…
群馬県高崎市は来年度より、小学校の開門時間を現在の午前7時半から7時に繰り上げる方針です。親が早朝に出勤する共働き世帯などへの支援策だそうです。
高崎市の富岡市長は記者会見で、「開門は校務員が行う」「トラブルなどが起きた場合は、校務員が対応にあたる」「何かあったからといって教員に出勤を求めない」としています。
はたして教員は無関係でいられるのでしょうか。 校門の開け閉めは校務員がやるとして、入ってきた子供たちの見守りは誰がやるのか?
「給特法」という法律により、原則として教員に時間外勤務を命じてはいけないとされています。
しかし、現実に目の前に子供たちが登校してきて、「じゃあ誰かがやらなければ」となった時に、教員がやらざるを得ない形に追い込まれていく…これが学校現場なのです。
“3分類”をきっちり守る。本気の「働き方改革」を
文科省は今年9月、教員の働き方改革を進めるための新しい指針を全国の教育委員会に通知しました。
業務量の見直しについては、2019年の中央教育審議会答申で「学校以外が担うべき業務」「必ずしも教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが負担軽減が可能な業務」の『3分類』が示されています。
これをもとに“学校の働き方改革”は進められるはずでした。 しかしそれから6年。教員を取り巻く環境は悪化するばかりです。
今や教育大学ですら、教員採用試験を受ける学生がかなり減っているのです。
今でも中学生ぐらいまでは、教員に憧れている子供は多くいます。 けれど、大きくなって現実を見るようになるとそうでなくなる。
給与などお金の問題もありますが、やはり働き方の問題が大きいと思います。 学校現場の現状が変わらない中では、志願者も増えませんし、途中で辞める若い教員も増える一方です。
この現実に見ないふりをせず、まずは『3分類』をきっちり3分類通りにする。 そして、教員がやるべきでないことを「やりません」とはっきり言う。
教員にも意識改革が必要かもしれません。
(フリージャーナリスト・前屋毅氏)
取材:高知さんさんテレビ
