深刻な経営不振に陥っている富山地方鉄道。特に本線の「滑川―宇奈月温泉」間について、地鉄は沿線自治体からの支援や方針が示されなければ年内で廃線手続きに入ると表明していた。先月29日の本線分科会で、県と沿線自治体は来年度はひとまず運行費用を支援することを決め、廃線の判断は「先送り」となったが、根本的な解決には至っていない。
■「並行区間」が議論の焦点に
富山地方鉄道の鉄道線には3つの路線がある。電鉄富山から黒部市の宇奈月温泉へ走る「本線」、立山駅へ向かう「立山線」、富山市内を中心に走る「不二越・上滝線」だ。「立山線」と「不二越・上滝線」は国の支援制度を活用し維持する方針が決まっているが、「本線」については未定のままである。
議論の大きな論点となっているのが、あいの風とやま鉄道との「並行区間」だ。駅の数は違うが、「滑川―新魚津」間の約8.5キロは2つの鉄道会社の列車が並行して走っている。
■西魚津駅の利用客からは存続を求める声
富山地方鉄道の西魚津駅は、1日の平均乗降客数が144人。あいの風とやま鉄道の魚津駅と隣接する新魚津駅までは、2駅5分の距離だ。
「困りますね。新魚津の医者に行くが(廃止なら)バスしかない。歩いていくとしてもどこを歩けばいいか、医者までは行けませんね」と80代の女性は話す。
並行区間が無くなれば、西魚津駅の利用者は約3キロ離れたあいの風とやま鉄道の駅が最寄り駅になる。徒歩では約40分、市民バスを使っても30分かかる道のりだ。
■高校生の通学にも大きな影響
西魚津駅では、今年度35人の高校生が通学に利用している。滑川高校では生徒の4割が地鉄を使って通学しており、最寄り駅の西滑川駅(並行区間の外)は並行区間の魚津市やその先の黒部市からも多くの生徒が通っている。
「乗り換えはお金がどうなるのか(不安)。家族は『地鉄がちゃんと残ったら良いよねと、あいの風だと大変だよね』と言っている」と滑川高校の生徒は不安を語る。別の生徒も「(廃止なら今より)30分前には出ないと。卒業するまでは走ってほしい」と訴える。
■地域によって温度差も
早月加積駅では、約40年間通勤に利用しているという男性は「僕らは毎日電車乗っているから税金投入してもありがたいけれど、(この地域に)住んでいない人からしたら『え?』って思っても仕方ない。あいの風は乗られている。コストの負担を考えるとまあ無駄といえば無駄な路線ではある」と存続を望みつつ現実的な見方を示す。
■沿線自治体が検討する2つの選択肢
沿線自治体が検討しているのは主に2つのパターンだ。
1つ目は現状維持。沿線住民にとっては歓迎だが、線路や車両の維持管理費として並行区間だけで10年間で13億円あまりかかるとされている。さらに、滑川市と魚津市の境にある早月川にかかる地鉄の鉄橋は完成から90年近くが経ち、老朽化が進んでいる。これらの橋の更新などを見積もると、費用はさらに膨らむ。
2つ目は、「滑川―新魚津」の並行区間を廃止する案だ。その分、費用は抑えられるが鉄道ネットワークには大きな穴が空き、利用者はあいの風とやま鉄道への乗り換えが必要になる。約8.5キロの区間に地鉄は7つの駅があるが、あいの風鉄道は3つしかなく、地域からあいの風の駅までを結ぶバスなどの代替手段が必要となる。
■滑川市の意見交換会で見えた課題
滑川市は今月13日に意見交換会を開催。並行区間を維持する場合、維持管理費として市単独で年間1億円を超える負担になるとの試算を住民に示した。
「鉄道を維持することになれば市の大きな負担になり福祉・教育・介護・土木などの予算が大変厳しくなると聞いた。今後利用者が増える可能性は低い。増えることはない。廃止はやむを得ないと思う」という住民がいる一方で、「廃線になった場合の地区の交通手段としてコミュニティバスの時間帯を(通勤のために)早朝や遅くまで(調整する)案はあるのか」との質問も出た。
また、老朽化した早月川の橋の架け替えに、市は最大85億円がかかると試算。この根拠となったのが、熊本県や兵庫県で架け替えられた橋の事例だ。
「(早月川の橋の架け替えに)そんなにかかるのかと疑問で」「(市が例に出した)余部鉄橋(兵庫県)ってものすごい橋なんですよ。山と山の間にある集落の上を通っている。これは難工事だった。これと早月川の橋梁を比較するのは果たして適当なのか?」と住民から疑問の声も上がった。
滑川市の水野市長は「あくまでも他の事例をもとに早月川橋梁の延長を考えた上での試算で、細かい試算はまだ」と説明。記者が85億円という試算に意図はないか尋ねると、「そんなわけはない」とし、あくまで並行区間の存続・廃止に関しては慎重に検討を重ねる姿勢だ。また今後の議論にはあいの風とやま鉄道にも参加してもらう必要があるとした。
■自治体間での温度差
魚津市も並行区間の存続・廃止について慎重に検討するとしており、仮に廃止となった場合は通学用の代替バスとして新魚津―滑川間を年間3000万円で運行できるとの試算を住民に示している。
一方、黒部市は路線の維持を訴えている。地鉄の本線は宇奈月温泉と電鉄富山を1本で結ぶため、仮に並行区間を廃止する場合でも、あいの風とやま鉄道への乗り換えをスムーズにできるようにすること、またあいの風の車両が地鉄の線路に乗り入れ、宇奈月温泉まで運行する形を検討してほしいとしている。
■専門家「県がもっと関与すべき」
富山県の交通戦略会議のメンバーで関西大学の宇都宮浄人教授は、並行区間の廃止については否定的な見解を示している。
「なぜアスファルトの道路は皆が社会で公共として支えて、それがレールになった瞬間”支えるときは血税を投入する”みたいな議論になっているその認識が違っている」と指摘。さらに「(地鉄本線は)富山県の東部一体を結ぶ一大ネットワーク。(並行区間の廃止で)目先の経費を浮かせるのか、長い目で見て富山県の東部地域の全体図を考えるか、どっちが大切か冷静に考えてほしい」と述べ、地鉄のあり方を考える議論にもっと県が関与し、沿線自治体を束ねるべきだと訴えた。
地鉄は来年度中までの結論を求めている。今後、沿線住民を巻き込んだ議論がさらに加速することになりそうだ。