良心と法に従い、運命を分ける重大な決断を下す裁判官。
その存在は、傍聴席と法廷の間に越えられないバーがあるように国民にとっては遠い。
現職裁判官のインタビューを見る機会が滅多にないように、記者であっても容易に近づけないのが裁判官である。
そんな現職の裁判官が、11月29日、大阪市内で裁判への市民参加を進めるボランティア団体「裁判員ACT」が主催した学習会にゲスト講師として参加し、参加者の質問に答える形で裁判員裁判の実状を語った。
■「行儀の良い裁判官でもクソまじめな裁判官でもない」と自己紹介も
「私(裁判官)が言ったからといって裁判員が、“右へならえ”のように動くことはない。私自身も真剣勝負。裁判員にも遠慮しない。礼儀はわきまえるが、正しいことはしっかり主張し、自分の意見に引き込むようにしている」
こう話すのは、大阪地裁・第6刑事部総括(裁判長)として裁判員裁判の訴訟指揮を執る山田裕文裁判官。
「言いたいことを言う方で、行儀の良い裁判官でもクソまじめな裁判官でもない」と自己紹介し、会場の緊張をほぐした
1999年に任官し民事を経て刑事の裁判官となったが、当時は詳細な証拠を長期間かけて審理する「精密司法」の最盛期だったという。
当時の裁判と裁判員裁判を比較し、「『精密司法』も間違った裁判をしないために必要だったと思うが、長々と裁判をしていると迫真性がなく、記憶に基づいて証言しているのかどうかもわからなくなってしまうことがある。
メリハリがあり、信頼され、一般の人から見てもなるほどと思える裁判にするためにも市民参加は重要」と、裁判員制度の意義を語った。
また裁判員制度によって、検察官や警察官がかみ砕いた端的な証拠を提供するようになり、裁判の手続き自体も従前と比べて随分分かりやすくなったと成果を話す。
■「裁判員の意見が分かれてけんかになったことは?」に「時にはある」
学習会では、裁判員制度導入の背景や裁判員の選定手続きなどに関する講義のほか、
その場で募った参加者からの質問にも答えた。
【質疑応答】
Q,裁判員の中で意見が分かれてけんかになったことはあるか
A.時にはある。でも、裁判員の中で意見が対立するのは良い「評議」※1。
量刑などで多いが、従前の量刑傾向を重視すべきか、裁判員の意見を反映してそこから外れてもいいじゃないかというので対立したこともある。
そういう時は、私なりの意見を話し、どこに対立のポイントがあるのかを話していく。そうやって、それぞれの意見を全部出した上で多数決で決めていけばよいと思う。
※1「評議」…裁判員裁判で、法廷で取り調べられた証拠をもとに事実を認定し、被告が有罪か無罪か、有罪だとしたらどんな刑にするべきかを、裁判員全員が裁判官と一緒に議論すること。
■「量刑なんかでは私、結構負けます」
Q,裁判長の意見で決定されることはあるか。
A.裁判長の意見で決定できたらありがたいが、そうはいかない。
私も裁判長だからというのではなしに徹底的に説得はしますが、量刑なんかでは私、結構負けます。
Q,評議で工夫していることはあるか
A.評議を活発にするための方法は各裁判体で個性が出ると思う。
私の個人的なやり方でいうと、議論が抽象的では焦点が合わないので、何が問題になっているのか公判前整理手続で当事者(検察官・弁護人)との間で徹底的に認識を合わせて、それをイメージした上で証拠調べをする。そうすると、意見も出やすくなると思う。
あとはどんな意見が出てもまずは聞くこと。
事案によっては、色々な意見が出なければいけないのに、出ないときもある。
みんな自分の意見が否定されるのは嫌なので、言いにくいのでしょう。
この間、工夫してやってみたのは、ディベート。
要素を出し切りたかったので、自分の意見じゃなくて、賛成派・反対派に分けてディベートをした。すると食い込んだ意見がどんどん出てきたので、その上で自分の意見を出してみましょうというのをやった。これは上手くいった。
■「より良い制度のため意見交換し、真相解明のお手伝いをしていただけるといいな」
Q,遺体の写真をイラスト化するなど「刺激証拠」※2の扱いについてどう考えるか
A. 一般市民の参加のため(トラウマにならないよう)配慮しないといけない。ただ、一番大事なことは真相解明。刺激証拠を見なくても判断がつくものは、ほかの証拠に代替して判断するが、真相解明に必要であれば、場合によっては(見るのが)難しい人には辞退してもらうこともあろうかと思う。
※2「刺激証拠」…遺体の傷や出血などの写真、血の付いた凶器など、見る人に精神的ショックを与える恐れのある証拠。裁判員裁判ではイラスト化されることが多い。
山田裁判官は、今後、裁判員になる人に対し「裁判員経験者からは、『会議の進め方など意外と一般社会でも役立つ経験ができた』と言われることがあるが、それは副次的な効果であり、裁判員制度は、メリットがあるから参加するのではなく、国民の納得できる良い裁判の手段として参加していただいていると思うので、より良い制度になるために意見交換をして、真相解明のお手伝いをしていただけるといいなと思うのが私の本心」と締めくくった。
予定時間を30分延長し、参加者の質問に「本音」で答えた山田裁判官。
参加者と裁判官の距離が、少しだけ縮まったような気がした。
司法と国民を近づけるためにも、このような機会がもっと増えると良いと思う。
関西テレビ 記者:菊谷雅美