政府の圧力で「逮捕」された不屈のジャーナリスト
11月初旬、ドイツ・ミュンヘンに世界各国の若者が集い熱い議論を交わした。
「One Young World Summit」と呼ばれるこの国際会議には、18歳から35歳の若者2000人が社会課題について話し合うことから“ヤングダボス会議”とも呼ばれている。
フジテレビの報道番組「イット!」の宮司愛海キャスターは、この会議を現地で取材し、「イット!」で生中継を交え伝えた。
この会議のテーマは、「アンチ・ヘイト」や、「責任あるAI技術」など多岐にわたるが、目玉の一つが、2021年ノーベル平和賞を受賞した、フィリピン人ジャーナリスト、マリア・レッサさんのスピーチだ。
マリア・レッサさんは、CNNのマニラ支局などで記者としてのキャリアを積んだあと、自身のニュースサイト「Rappler」を立ち上げた。
しかし、当時のドゥテルテ大統領政権の強権的な政治や、SNSを駆使した情報操作などを追及する報道を続けたため、政権側から圧力をかけられた。なおも報道を続けていると、ドゥテルテ大統領支持者がSNSでマリアさんのデマなどを拡散・攻撃したことから、SNSの危険性を、身をもって経験する。
ドゥテルテ政権からマークされ、最終的には複数回逮捕されることにもなるが、それでも屈することなく「表現の自由を守る」ために戦い続けたことが評価されノーベル賞の受賞に繋がった。
マリアさんの不屈の精神を若者に訴えるスピーチに、会場ではスタンディングオベーションも発生。
宮司キャスターはその直後、マリアさんにおよそ30分にわたる単独インタビューを英語で行った。
語られたのは、行き過ぎたSNSが生み、深まった政治・社会の分断の現状と、ジャーナリストが求められている役割、さらにはネット社会で失われた“ホンネとタテマエ”―などの言葉たちだ。そのインタビューのほぼ全編を公開する。
情報のハルマゲドン=最終戦争
宮司キャスター:
まず、2021年にノーベル平和賞を受賞されて以来、世界はより分断されてきたように見えます。この状況をどのように見ていますか?
マリア・レッサさん:
良くなっていません。むしろ悪化しています。私たちは今、「情報のハルマゲドン(最終戦争)」の中に生きています。これは真実をめぐる戦いです。
私たちが直面している最大の戦いは、情報のハルマゲドンです。現実と虚構の違いを見極めなくてはいけません。巧妙に操作されてはいけません。これは私たちの生物学にも影響を与えています。
2018年、マサチューセッツ工科大学は「嘘は真実より6倍速く拡散する」と発表しました。それは、X(旧Twitter)ができる前、今のような生成AIが登場する前の話です。
今ではさらに悪化しています。違いを見分けることができません。
生成AIで、あなたがやってもいないことを、あなたがやっているように見せることができます。詐欺的な事も起きています。テック業界では最も略奪的なことが起きているんです。
世界中の国々は、そうしたことから私たちを守ることに失敗しています。
EUでは、巨大なテック企業のロビー活動に年間1億5000万ユーロ(約270億円)が費やされています。
世界的な極右の台頭は、テック業界の設計、つまり私たちの「公共情報の生態系」と密接に関係しています。現在、世界の72%がこうした体制下にあります。
現実をめぐる戦いは、自己決定権と民主主義をめぐる戦いとつながっています。
「共有された現実」の上にあるべきテクノロジー
宮司キャスター:
世界の巨大なテック企業、つまりプラットフォーム企業の社会的責任についてどんな意見を持っていますか?

マリア・レッサさん:
彼らは「魂」を発展させる必要があるでしょう。
私は10年近く、巨大なテック企業に対して「現実に基づいたテクノロジーを」と訴えてきました。しかし、ソーシャルメディアの機械学習やAI、今の生成AIも含めて、テクノロジーはどれも現実の上に立っていません。
だからこそ、私たちは「現実の替わりのの代替現実」を作り出してしまっているのです。
共有された現実がなければなりません。私たちが2016年から繰り返し訴えてきた言葉通り、現実なくして真実はなく、共有された現実なくして信頼は生まれません。

私は日本から多くのことを学びました。地震について、学校で避難訓練を受けました。
日本は地震の備えで、本当に素晴らしい対応をしています。 フィリピンも日本から学べることがたくさんあります。でも、共通の現実がなければ、どのリーダーも統率できません。
共有された現実がなければ、政府を監視することはできません。 共有された現実がなければ、政府に説明責任を求める方法などないでしょう。 そして、「共有された現実」がないときに繁栄する政治とは、独裁なのです。
広がる分断―右派はさらに右に、左派はさらに左に
宮司キャスター:
先ほどもおっしゃっていましたが、今、世界各国で「右傾化」したグループが急進している現象が見られます。この傾向の原因は何だと思いますか?
マリア・レッサさん:
私たちは今、コロンビア大学のグローバル政治研究所で報告書をまとめています。
2025年11月に発表予定ですが、トランプ政権の最初の100日間を分析したもので、タイトルは「話術の戦いと現実の崩壊」です。
私たちは話術の戦い、つまりSNSや生成AIによって統治されているのです。
次世代、つまり子どもたちを見てください。アメリカでは「孤独の流行」が起きています。チャットボットに対して訴訟を起こしている女性たちもいるという報告もあります。
メーガン・ガルシアという弁護士の、14歳の息子はチャットボットの影響で自ら命を絶ちました。次世代への影響は非常に大きいのに、責任を取る人がいません。
私たちの生活を支配しているテクノロジー、「公共情報の生態系」は、嘘、恐怖、怒り、憎しみの側に立っています。それが私たちを分断、二極化させているのです。
Facebookがまさにそうです。2016年のフィリピンで起きたことを見てください。
アルゴリズム、特に「“友達の友達”アルゴリズム」が原因です。
2016年当時は、共通した現実について議論していませんでした。でも時間が経つにつれて、ドゥテルテ大統領(当時)の支持者はさらに右寄りに、反対派はより左寄りになり、その溝はどんどん深まりました。これが「分断」と呼ばれるものです。
でも、これは私たち「現実の人間」が議論しているわけではありません。アルゴリズムが私たちを利益のために、分断しているのです。
さらに、(SNS上で)恐怖や怒り、憎しみが煽られると、人はより長くスクロールし続けることが分かっています。つまり、「人間の最悪の部分」を引き出すように設計されているのです。
SNS社会で失われた「ホンネとタテマエ」
日本の文化の「ホンネ(本音)」と「タテマエ(建て前)」。私はこの言葉が好きです。
日本では「本音と建前」があるので、公の場では言わないこともありますよね。
自分の中にとどめておきますよね。私はこの概念が本当に好きです。
公の場では絶対にやらないことがあるのに、SNSのアルゴリズムは人間の最悪の部分を煽るように設計されています。だからこそ大衆を煽る権力的なリーダーにとってはこのテクノロジーが有利に働くのです。
ブラジルのボルソナロ前大統領はYouTube上で、もともとは極右では中心人物ではありませんでした。でもYouTubeの「アルゴリズムの推薦」により、彼を陰謀論者たちと同じく分類し、中心に押し上げていき、最終的に大統領に当選しました。
だから私がいつも抱く疑問は、「人々にはまだ主体性があるのか?選挙の健全性は保たれているのか?」ということです。
テクノロジーが私たちを操作できるなら、私たちはどうやって投票先を選ぶのでしょう?
感情、世界の見方、行動、投票行動まで変えられてしまうのなら、我々はどう選択するのでしょうか。最初の事例として2016年から2024年にかけて、選挙の健全性が損なわれた証拠が出てきています。
選挙を避けた最初の国はルーマニア(注:「TikTok」での選挙運動についてロシアが介入した可能性が指摘され、大統領選挙がやり直しとなった)で、TikTok上での現象がきっかけでした。今、私たちはドイツにいますが、AfD(右派政党「ドイツのための選択肢」)がTikTok戦略で成功を収めましたね。
宮司キャスター:
はい、実は私は、昨日、AfDの議員や支援者を取材しました。まさにその現象を実感しました。

マリア・レッサさん:
そうしたSNS戦略はパフォーマンスです。今のところ、人が責任を負っている政治ではありません。なぜなら、「公共情報の生態系」が壊れているからです。
壊れた「情報の生態系」
宮司キャスター:
しかし、フェイクニュースや社会の分断が広がるこの時代において、私たちがSNSやテクノロジーと共存することは可能だと思いますか?
マリア・レッサさん:
SNSと私たちが共存するか?またはSNSを規制するかどうか、ということですが、今、私たちの生活を支配しているテクノロジー、「公共情報の生態系」を動かしているテクノロジーは、ジャーナリストのように倫理や基準を持たず、責任も問われません。
略奪的で、私たちのデータを文字通り奪っています。
例えばFacebookは、機械学習を使って私たちを「クローン」します。彼らは「あなたのモデルを構築する」と言いますが、実際にはビッグデータを使って私たちの「クローン」を作り、それをAIが利用してマイクロターゲティングのための巨大なデータベースを作るのです。
これは普通のことではなく、巧妙な操作です。でも、そもそもどんな集団であれ、マイクロターゲティングされるべきではないのです。これが巧妙な操作です。
「嘘の種まき」を止め、嘘を事実へと変える拡散を阻止しないと民主主義は滅びます。ジャーナリズムも死にます。我々は生き残れない。ジャーナリストも民主主義も存続しない。
だから法律が必要です。EUが最初に導入したのが「デジタル法」や「デジタル市場法」です。日本にはそういう法律はありますか?

宮司キャスター:
いいえ、今のところありません
マリア ・レッサさん:
でも、ある程度規制できている部分もありますよね。ただ、それも変わりつつあります。巨大テックの影響は避けられません。
彼らは神のような力を持っていますが、神の知恵は持っていません。
想像してみてください。もし健康のために何かを身につけていたとして、それがバイオテクノロジーと情報技術が融合したものだったら?私たちはさらに巧妙に操作されることになります。
この問題には、グローバルの様々なレベルで答えを出す必要があります。
私は日本がこの地域でリーダーシップを取ってくれることを願っています。日本は大きく変わりつつあります。
私たちを操作するテクノロジーが、独裁者に力を与える
宮司キャスター:
そうであることを願っています。 この時代において、ジャーナリストとして私たちは何をすべきでしょうか?
マリア・レッサさん:
オーマイゴッド!(笑)
宮司キャスター:
私たちにとって最も重要なことですよね、答えを探さなければと思うのですが
マリア・レッサさん:
私は「抜本的なコラボレーション」という言葉を使っています。 ニュース機関は、ブランドではなく、常に事実の側に立っていることを理解しなければなりません。
敵は誰なのか。敵は「リーダー」ではありません。 私たちを操作する機会を与えるテクノロジーこそが敵です。それが独裁者を力づけているのです。
テクノロジーが独裁者に力を与えているのです。
テクノロジー側、巨大テック企業には責任があります。 また、民主主義国家も、バーチャル空間で市民を守る責任を放棄してきました。なぜなら現実世界のすべては民間企業が支配する仮想空間に移行しているからです。
今、皆が使い始めている言葉は「デジタル主権」です。フィリピンでは、私たちは激しい攻撃を受けたため、「公共の利益のためのテクノロジー」を構築しました。
ジャーナリストは民主主義のために戦うべきか
宮司キャスター:
あなたの著書にも書きましたよね?
マリア・レッサさん:
本の出版後にこのプロトコルを導入しました。本の中では、ジャーナリストとして私たちがすべき3つのことについて書いています。
それは「ジャーナリズム」「テクノロジー」「コミュニティ」です。
ジャーナリズムは変化します。きっとこの映像もSNS用に編集されるでしょう。若い世代がいる場所に配信されるでしょう。でも、その若い世代は巧妙に操作されています。
だからジャーナリズムは適応するのです。1週間前ニューヨークで、アメリカのジャーナリストに、こんなことを聞かれました。「ジャーナリストは民主主義のために戦うべきか?」と。日本ではどうですか?
宮司キャスター:
私は「もちろん戦うべきだ」と思っています。
マリア・レッサさん:
そうですよね、それが普通だと思います。でもアメリカでは、そうは思わない人もいます。文化の違いかもしれません。
だからこそ、2つ目の柱はテクノロジーです。SNSのプラットフォームが壊れているので、それに代わるものが必要です。
本来なら、政府がそれを構築すべきなのです。政府は図書館や公園を作りますよね?公共のためのものを作るのが政府の役割です。
では、なぜ仮想空間では私たちは守られていないのでしょうか? 私たちは「マトリックス・プロトコル・チャットパック」というものを導入しました。フランスやドイツの政府ウェブサイトはすべてこのプロトコルに従っています。これは暗号化が施され、オープンソースです。これはインターネットの新しいビジョンです。
アメリカでは「インターネットの劣化(“enshittification”)」という言葉が使われています。 嘘に溢れた情報が氾濫する中で、私はみなさんがマトリックス・プロトコルに移行することを願っています。
福島第一原発事故は、現在のSNSではどう伝わるか
そして最後の柱は「なぜ私たちは行動するのか?」という問いです。
それは「コミュニティを築くため」です。あなたが作るストーリーは、コミュニティとつながるものです。
私は日本をいつも尊敬の目で見ています。あなたたちの社会、文化は本当に多くのことを成し遂げてきました。
2011年に戻ると、福島の原発事故を思い出します。私たちはTwitterでその状況を見ていました。当時、日本は迅速に対応していました。これはXになる前のTwitter上で、政府や報道機関を中心に情報が集まりました。
でも、今同じことが起きたら、SNSの普及率がはるかに高くなっているので、(当時のように)正しい情報を人々に迅速に届けることはできないでしょう。
それが今、私たちが失っているものです。巨大テック企業が私たちから奪っているものです。
中小規模のメディア“消滅”の可能性
宮司キャスター:
では、最後の質問です。ジャーナリストとして、今後どのようなことを成し遂げたいと考えていますか?
マリア・レッサさん:
もし今の傾向が続けば、東南アジア、アメリカ、ラテンアメリカ…日本ではどうか確信が持てませんが…中小規模のニュースメディアは、オーストラリアも指摘していますが、6〜8ヶ月以内に消滅するかもしれません。
なぜなら、オンラインでのトラフィックの流入経路は3つしかないからです。
「直接アクセス」「検索」「SNS」。
でも、検索とSNSはすでに支配されています。ニュースサイトへのトラフィックは絞られています。ですから、生き残るための闘いになります。
私は「抜本的なコラボレーション」が実現することを願っています。この場にいる私たちが、社会が、「信頼できる情報」を求めるようになることを願っています。それが、機能する民主主義を持つ唯一の方法です。
私は「ジャーナリズムの黄金時代」に記者になりました。
宮司キャスター:
あなたの初期のキャリアはCNNでしたよね?
マリア・レッサ:
はい、そうです。その頃は東京にも何ヶ月も滞在していました。でも今はまさにこの時代の終盤にさしかかっていて、民主主義の破壊と、責任のなさが蔓延しています。
プーチン氏、ネタニヤフ氏、ミャンマーでの事情、北朝鮮での現状…北朝鮮も日本のすぐ隣にありますね。
私たちは「法の支配」を取り戻さなければなりません。 このシステムがまだ機能することを証明しなければなりません。アジアでの、日本の役割に期待しています。
若い世代へ「勇気を出していきましょう」
宮司キャスター:
最後に、日本の若い世代に向けてメッセージをいただけますか?

マリア・レッサさん:
(フリップに「真実のために何を犠牲にできるか?#勇気を出していきましょう!」と書く)
今は本当に厳しい時代です。 私がいつも自分に問いかけるのは、「独裁者にどう立ち向かうのか」ということです。
自問しなければならないこと、「真実のために。何を犠牲にする覚悟があるのか」ということです。まるで1945年に戻るような感覚ですが…「真実のために、あなたは何を犠牲にできますか?」と。若い世代には、「#Courage On(勇気を出していきましょう)」という言葉を贈ります。
宮司キャスター:
「勇気」とはどういう意味ですか?
マリア・レッサさん:
この世代は、メンタルヘルスについて語ることが多いですがSNSで巧妙に操作されています。彼らはとても傷つきやすいのです。でも、同時に最も理想主義的な世代でもあります。
私はこの世代に、理想を持ち続けてほしい。利益のために操作される世界で、どうやって「意味」を探せばいいのか?事実が分からないとき、どうやって真実を見つけるのか? 信頼がないとき、どうやって前に進めばいいのか? これは本当に難しい世界です。
宮司キャスター:
人々は自ら真実を見つけなければなりませんね。
マリア・レッサさん:
だからこそ、コミュニティ、3つの柱が必要です。「公共の利益のためのテクノロジー」「倫理を持ったジャーナリズムの再構築」そして「行動するコミュニティの構築」 。
私たちが2011年にニュースメディア「Rappler」を設立したときの理念はこうです。
「私たちは行動するコミュニティを構築し、そのコミュニティに提供する栄養がジャーナリズム」。あなたも頑張ってください!
宮司キャスター:
とても感動しました。本当にありがとうございました。
