セツは土地に伝わる昔話や不思議な伝説を、ヘルン言葉を駆使してハーンに伝える。西田のような完璧な英語使いが話して聞かせれば、もっと詳しく正しく話の意味が理解できたはず。だが、それではハーンの心には響かず、彼の興味をそそることはなかっただろう。
セツが語るヘルン言葉にはハーンの心を揺り動かし、創作意欲を覚醒させる不思議な力がある。それは、彼女の語り部としての才能にくわえて、最適化をめざしてヘルン言葉の進化させていった努力も大きい。ハーンが喜び興味をそそりそうなニュアンスをセツが知れば、その都度にヘルン言葉はアップデートされてゆく。
ハーンが晩年になってから最高傑作とされる『怪談』を書きあげることができたのも、彼が亡くなるまでずっと進化をつづけてきたという、ヘルン言葉の賜物だろうか。
青山 誠(あおやま・まこと)
作家。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。
