セツは土地に伝わる昔話や不思議な伝説を、ヘルン言葉を駆使してハーンに伝える。西田のような完璧な英語使いが話して聞かせれば、もっと詳しく正しく話の意味が理解できたはず。だが、それではハーンの心には響かず、彼の興味をそそることはなかっただろう。

松江城のお堀と遊覧船。セツは城下に伝わる伝説を八雲に語った
松江城のお堀と遊覧船。セツは城下に伝わる伝説を八雲に語った

セツが語るヘルン言葉にはハーンの心を揺り動かし、創作意欲を覚醒させる不思議な力がある。それは、彼女の語り部としての才能にくわえて、最適化をめざしてヘルン言葉の進化させていった努力も大きい。ハーンが喜び興味をそそりそうなニュアンスをセツが知れば、その都度にヘルン言葉はアップデートされてゆく。

ハーンが晩年になってから最高傑作とされる『怪談』を書きあげることができたのも、彼が亡くなるまでずっと進化をつづけてきたという、ヘルン言葉の賜物だろうか。

青山 誠(あおやま・まこと)
作家。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。

青山誠
青山誠

作家。大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』、『三淵嘉子 日本法曹界に女性活躍の道を拓いた「トラママ」』、 『やなせたかし 子どもたちを魅了する永遠のヒーローの生みの親』、『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(以上KADOKAWA)などがある。