異なる言語を使う相手と分かり合うのに最も重要なものは、語学の知識よりもコミュニケーション能力だといわれる。お互いが理解できる共通の単語を見つけ、それを駆使して意思を伝え合う。表情や身振り手振り、使えるものは何でも使って表現する。

すると、相手の人となりも見えてくる。以心伝心、阿吽の呼吸。使える単語は数少なくとも、お互い考えていることをすぐに察するようになる。そうなってしまえば、親友や恋人同士になるのにもさほど時間はかからなそう…。

セツは子供の頃から頭の回転が早く、人の考えを察するのも得意だったといわれる。どうやら、その能力には長けていたようだ。当初は「武士ノムスメチガウ!」と、セツの出自を誤解して雇うことに難色を示していたハーンだった。が、お試しで雇用してみたところ、すぐに印象が変わって好感度が爆上がり。

ハーンが旅館を出て暮らした宍道湖畔の借家跡。セツは女中として住み込むことに
ハーンが旅館を出て暮らした宍道湖畔の借家跡。セツは女中として住み込むことに

ハーンの使う変な日本語には、何日かで彼女たちに勝る域に到達した。カタコトの単語を聞いただけで、して欲しいことを察してくれる。セツが女中として働くようになってから、異国暮らしのストレスを感じることが少なくなっていた。

セツが女中として住み込むようになった当初は、ハーンが辞書を片手にカタコトの日本語で意思を伝えていた。身の回りを世話するだけの女中と主人の関係ならば、それだけで事足りる。

しかし、お互い相手に対する興味が湧いてくれば、それだけでは物足りない。もっと色々な話がしたくなる。込み入った話になると、中学校の教頭でハーンの世話係でもある西田千太郎を呼んで通訳してもらっていたのだが、セツは自分の言葉で色々な話をしてみたいと思うようになり…。ハーンや西田の喋る英語をカタカナに書いて覚え始めた。