10月15日~19日に行われた大相撲ロンドン場所は大盛況に終わった。その熱気が冷めやらぬ中、9日から九州場所が始まる。

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実に34年ぶりの開催となったロンドン場所、その会場となったのは「ロイヤル・アルバート・ホール」だ。かつてビートルズもコンサートを開いた、この歴史的な場所で、どうすれば「本物の相撲」を実現できるのか。1年以上の試行錯誤を経て、公演は実現した。

ロイヤル・アルバート・ホール責任者のアレックス・イザックス氏
ロイヤル・アルバート・ホール責任者のアレックス・イザックス氏

ロイヤル・アルバート・ホールの責任者、アレックス・イザックス氏が日本メディアに初めて舞台裏を語った。

34年ぶり!テレビ・SNSで…街中に広がる親しみ

Q.大盛況は予想していましたか?
アレックス・イザックス氏:
34年ぶりの貴重な機会なので、ある程度は盛り上がるだろうと期待していましたが、私たちの予想以上の賑わいでした。それにはSNSが大きな役割を果たしたと思います。今まで相撲について何も知らなかった人でも、街中でバスに乗る力士の光景を見てびっくりしたでしょうし、人々が力士たちに親しみを感じるようになりました。

また、イギリス国内外の放送局が放送したことで、大会や相撲自体の認知が広がりました。SNSやテレビの情報を通じて力士たちの個性や相撲の魅力を知ることで、会場で見ている人だけでなく、家で放送を見ている人も同様に楽しむことができた大会になったと思います。

おにぎり1050個に醤油400本…無尽蔵の胃袋に驚愕

Q.力士をホールに迎える上で特別な準備はありましたか?
アレックス・イザックス氏:
最も重い力士が196kgだったので、耐荷重200kgの椅子を130脚用意しました。また、ホールのトイレも下から補強し、重さに耐えられるように。食材は、700kgの米、1000パックのインスタント味噌汁、1050個のおにぎり、750パックのインスタントラーメン、400本の醤油瓶を用意し、力士たちはかなりの量を食べてましたね。驚きました。

また、ロンドンの日本食レストランチェーンのケータリングと提携し、日替わりで弁当が提供されました。スタッフもいただいたのですが、本当においしかったです。力士の方には通常の1.5倍サイズの弁当が振舞われました。もちろんこれはホール分のみなので、ホテルでもまた別途同じような量の食事が提供されていたと思います。

「文化としての相撲を伝えたい」ホンモノに近づける努力

土俵は日本から呼び寄せた職人と共に10時間以上かけて忠実に再現した。イギリスで集めた11トンの土と、日本から取り寄せた資材を組み合わせて作られた。

日本からの職人が現地スタッフを指導しながら土俵を作る様子
日本からの職人が現地スタッフを指導しながら土俵を作る様子

Q.大相撲はホールで行われる一般的なイベントと異なる形式だったと思います。設営の面ではどういう工夫や苦労がありましたか?
アレックス・イザックス氏:
そうですね。私たちが主催する多くのイベントとは非常に異なるものでした。ホールがボクシングなどのスポーツ会場になることはありますが、相撲には文化的要素があるため、他のスポーツとも異なります。

私たちにとって大事なことの一つは、相撲の持つ文化や儀式を理解し、敬意を払うことでした。神道儀式の一環として、準備も特定の方法で行わなければいけないものが多々あり、日本人にとっては当たり前のことが多くの西洋人にとっては新鮮だったのです。今年の4月には川崎場所や両国国技館を視察し、清めに使われる塩の種類や土俵の制作現場など細かい部分まで確認しました。

また、このホールでは年間を通じて毎日異なるショーが走っているので、そのスケジュールを乱さないようにすることが大切でした。準備には4日間しかなく、相撲の前のプログラムが終わり次第真夜中から設営を開始。4日目には力士が土俵入りできるように整えました。

キティと豊昇龍!異色コラボが世界で話題に

大相撲の準備と並行して、人気キャラクターの里帰りも大きな話題となった。協賛企業であるサンリオの人気キャラクター、ハローキティは「ロンドン郊外生まれ」とされイギリスでも絶大な人気を誇る。

横綱・大の里と豊昇龍とハローキティ
横綱・大の里と豊昇龍とハローキティ

大相撲公演アンバサダーとして両横綱と観光名所を巡るなど、その様子は欧米の大手メディアなど10社以上で報じられ、より一層注目度を高めた。こうした中でロンドン場所は初日を迎えた。

予想以上に速い!大モニターで“見逃し再生”

Q.相撲を存分に楽しんでもらえるように、どんな工夫をしましたか?
アレックス・イザックス氏:
相撲の試合(取組)は勝利の一手が一瞬で決まるため、初心者が多い西洋人にとっては試合展開がとても速いです。そのためリプレイ機能がマストでした。屋形の上に回転式スクリーンを設置し、どの座席の観客でも力士の動きを追えるような設計に。各試合のハイライトをリプレイすることで、誰もが試合の状況を把握できるようにしました。

どの座席の観客でも力士の動きを追えるよう屋形の上に回転式スクリーンを設置
どの座席の観客でも力士の動きを追えるよう屋形の上に回転式スクリーンを設置

Q.イザックスさんが実際力士を見たときの感想は?
アレックス・イザックス氏:

本当に大きいですね。彼らの体格やパワーを見ると、全く格の違うスポーツなのだなと気付かされました。それにとても柔らかいんですね。準備運動では、清めなど儀式的な動きももちろんですが、多くの力士が開脚をしているのを見て驚きました。

また、前回の91年大会から引き継いだアイテムが参照資料として保存されており、呼び出しで使うほうきや客席の座布団は、本大会で再利用されました。大会後には、力士が使うヘアオイル(すき油)や番付表も新たに寄贈され、写真や映像と共にアーカイブとして今後ずっと残るでしょう。

来年はパリ!成功の秘訣は「ホンモノ体験」

日本相撲協会は2026年6月13日~14日にパリのアコー・アリーナで大相撲公演を開催すると公式に発表した。パリでの開催は30年ぶりとなる。

 

Q.ロンドン場所成功の鍵は?次回パリ場所へのアドバイスは?
アレックス・イザックス氏:
役職や部署に関係なく、スタッフ全員が熱意を持って取り組んだことが成功の鍵だと思います。普段から色々なチームと連携しながら仕事をしていますが、ホール全体のやる気がこれほど強く感じられたことはありません。日本との強い信頼関係を築けたことも挙げられます。そのおかげで文化を尊重しながら、なるべく本物に近い体験を作ることができたと思います。

(執筆:FNNロンドン支局 長谷部千佳)

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長谷部千佳
長谷部千佳

1998年藤沢生まれ。早稲田大学法学部卒。2023年よりロンドンに拠点を移し、FNNロンドン支局で記者助手とカメラマンを担う。守備範囲は広めの無趣味。いつも音楽と街中の人の装いを追っている。