福岡・東峰村の小石原地区で開催された秋の『民陶むら祭』。大勢の人で賑わいを見せたなかで、北九州のソウルフードを支えてきた窯元が新たな一歩を踏み出した。

器の底に『資』 非売品の一品

小石原焼伝統の『飛びかんな』や『藁刷毛』など、技巧を凝らしたさまざま陶器が並ぶ民陶祭。

この記事の画像(19枚)

「茶椀を2つと小鉢用の皿を3つ。漬物を載せる小皿も買いました」と話す人や「毎年、来るんですけど、安くてなかなかよい掘り出し物があるので、全部回ってます」と話す人など、約40軒ある窯元の陶器がお得に購入できる。

そんななか、注目を浴びていたのが『非売品』と表示された一品。器の底に『資』という文字。北九州のソウルフード『資さんうどん』専用の器だ。

2025年2月には、東京に進出するなど、そのうどん人気は全国に浸透しつつある。そんな『資さん』の器を長年、手がけてきたのが小野窯元の小野政司さん(63)なのだ。

「やっと2年と3カ月ですかね。ちょっと長かったですね」と話す小野さん。小野さんには、今回の民陶祭に賭ける特別な思いがあった。

絶望のなか 小石原焼の窯元仲間が…

2023年7月。福岡県内を襲った記録的な大雨。東峰村も大きな被害に見舞われた。

小野さんの工房は、土砂に飲み込まれて全壊。4基あった窯や60年以上受け継がれてきた釉薬の調合ノートなども失ったのだ。

「う~ん…、正直なところ絶句ですね。何も言葉はなかった。現実問題として再建できるのかと…」と小野さんは、災害から1年後の2024年7月のインタビューで応えている。

小野窯元の代表作のひとつ『資さんうどん』の器。中央の文字は妻の妙子さんが一枚一枚手書きし、25年に渡り、年間約3000枚を作り続けてきた。

しかし当時の小野さんは「今は納められる状態でもないし、作れる状態でもない」と俯くばかり。工房を失い廃業も頭をよぎる。ともすれば絶望的になるなか、小野さんを支えたのは同じ小石原焼の窯元仲間だった。

そのひとり福嶋製陶の福嶋秀作さんは「まぁ叱咤激励の意味も込めてですよね。なんか、ぐっと落ち込むばかりじゃないで、そこにちょっとした光でも見つけてくれたら」と道具や器を作る場所を提供してくれたのだ。

真新しい窯で命が吹き込まれる器

仲間の助けなどに後押しされ、再建を決意した小野さんは、クラウドファンディングで支援を募り、県の補助金や自己資金も合わせ4千万円以上を集めた。そして被災から2年3カ月。店の中に新しい工房をオープンしたのだ。

「ずっと奥まで展示スペースでした。壁を作って、こちらが轆轤(ろくろ)場ですね」と店内を案内する小野さん。改装したスペースに轆轤を置き、さらに駐車場だった場所には、新しい窯を作った。

駐車場だった場所に新たに作られた窯を案内する小野さん
駐車場だった場所に新たに作られた窯を案内する小野さん

今、真新しい窯では、さまざまな器に命が吹き込まれている。「(陶器が)作れるようになった時は、やっぱり感無量っちゅうか、嬉しかったですね」と小野さんは話す。

そして被災から約2年3カ月。迎えた再出発となった民陶祭の日。小野さんの店は、朝から行列ができるほどだった。

訪れた人は「小野窯元さんがリニューアルオープンということで、飛んで来ました。ずっと応援していたので、私も嬉しいです」と話す人や「きょうこの日を迎えるということを聞いて、すごく頑張ってらっしゃったのは分かっていたので、本当にこの日を喜んでおります」と話す人。

また「すごいきれいに『みだれがんな』とかも、他のところよりも凝っている職人技が見ても分かる。ずっとこれからも作り続けてほしいなと思います」と話す人など、誰もが店の再開を待ち望んでいたようだ。

自身が作っているお米をプレゼントし、一人一人に感謝の気持ちを伝えた小野さん。新しい工房で実現したいことがあるという。

「私の仕事が気軽に見えるように、飛びかんなを入れるのが見られたり、轆轤を回しているのが見られたりするようにしたいなというのがあって。それがやっぱり小石原焼の発展というか、小石原焼を知ってもらう一番の近道じゃないかと思って」

きょうも手を泥まみれにしながら、轆轤の前に座る小野さん。小石原焼の伝統を繋ぎ、さらに魅力を伝えていくため新たな挑戦が始まっている。

(テレビ西日本)

テレビ西日本
テレビ西日本

山口・福岡の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。