沖縄の地で愛され続ける、創業44年そば処「美濃作」

日本の食文化に“沖縄らしさ”を融合させて、唯一無二の味を生み出した料理人がいる。

美濃作・小山健大将:
沖縄の方々に、日本そばのおいしさをわかってもらえるように始めたのが最初です。ウチナーンチュ(沖縄の人)からしたら、そばといえば沖縄そば。そばを出したら「コレ何ね?」と言われる時代

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沖縄・那覇市にある創業44年の「そば処 美濃作」。お昼時間にもなると、多くの客が訪れ、そばをすする。
一番の人気メニューは、そばの生地に月桃の粉末を練りこんだ“月桃そば”。南国らしい甘い香りが漂う“唯一無二の味”だ。

常連客:
ほどんど月桃そばが多い。(ここの)日本そばが一番おいしい

常連客:
月桃そばは20年以上ですね。こういうのないからね。どこにも

福島県生まれの小山さんは、アメリカの施政権下にあった1967年に沖縄の地を踏み、和食料理人として腕を振るっていた。
しかし、程なくして失業の憂き目に遭い、一念発起してそば屋を開業した。

小山さんが取り掛かったのは、日本伝統の味に“沖縄らしさ”を融合すること。
目を付けたのは、沖縄の人々の暮らしになじみの深い植物・月桃だった。

美濃作・小山健大将:
もともと月桃の花が好き。月桃の葉の緑は深い緑。緑とこの香りをそばに移せないかと考えた。“ヤマト”(本土)と同じことやっていたら、百年続けたって絶対追いつかない。だったら沖縄でなきゃっていうのを考えた。今、美濃作があるのは月桃そばのおかげです

ステーキがそばを救う!? 伝統の味を守るために立ち上がった同志の決断

来る日も来る日も、そばを打ち続けて44年。
小山大将は77歳になったが、後継者がおらず店を閉めることを決めた。

老舗の味を途絶えさせてはならない。
これに待ったをかけたのが、同じく40年以上の歴史がある“ステーキハウス88”だった。

株式会社 沖縄テクノクリエイト・金城康次代表取締役:
時代を一緒に駆け上がってきた同志みたいなもんですから。やっぱりなくなることについては寂しい。事業継承がわたしどもの方でできないか手を挙げた

ステーキが、そばを救う。思わぬめぐり合わせが実を結び、8月、那覇市・辻にあるステーキ店の2階に「そば処 美濃作」は移転オープンした。
美濃作の味を守る後継者として店舗を任せられることになったのは、金城大輔さん。

美濃作 店長代理・金城大輔さん:
歴史を継承しつつ新しいお店になるので、大将が作ってきたものを全て引き継ぐ

新天地で“唯一無二”の味を未来につなぐ

店内でせわしなく汗をかくのは、移転前の店舗で働いていたスタッフたちだった。
そして、そこには金城さんを指導しながらそばを打つ小山さんの姿があった。

美濃作・小山健大将:
自分ができることは全て伝えていければいいかな。(金城さんは)もっと良くなっていくだろうと思います。おそらく僕を超える存在になるでしょう。期待しています

美濃作 店長代理・金城大輔さん:
歴史ある美濃作の看板、味、心意気を私がつないでいく気持ちで。40年50年と言わず、ずっと続けるつもりで。しっかりつなげるように私も精進していきたいと思います

ひたむきにそばを打ち続けた小山さんは、新たな場所で信頼する後継者と共に“唯一無二”の味を未来へとつなぐ。

(沖縄テレビ)