大統領選挙1カ月前という"最悪"のタイミングで新型コロナウイルスに感染したトランプ大統領。わずか3泊4日の入院で、なかば"強引"に退院したとも批判されている。

さらに感染が確認されたら「絶対隔離」が必要とされているはずなのに、入院中は写真や動画でツイートを連発。極めつけは、「サプライズ外出」である。FNNのカメラは、その一部始終を撮影していた。あまり報じられていないが、現場にいた者だからこそわかる、"異例すぎる空気"について、改めてお伝えしたい。

 病院の中から体調が改善したことをアピールするトランプ大統領(Twitterより)
 
病院の中から体調が改善したことをアピールするトランプ大統領(Twitterより)
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病院前に"サポーター"200人!鳴り止まぬクラクション

私たち取材チームは、トランプ大統領入院2日目の10月3日土曜から、トランプ大統領の入院先であるウォルター・リード陸軍病院前で取材をしていた。軍の施設ということで、敷地の中には立ち入れないが、入り口にはその時点で50人以上のトランプ支持者が詰めかけていた。

「早く良くなって!」「アメリカを偉大に」などの巨大な旗を掲げ、時折「4 more years!(あと4年大統領を!)」とのシュプレヒコールを上げる。

それだけではない。病院の前は大きな幹線道路が走っているのだが、「トランプ」と書かれた旗を付けた何台もの車がクラクションを鳴らしながら一日中行ったり来たりする。シュプレヒコールとクラクションで、その場にいるだけでエネルギーが吸い取られる気分になる。

病院前から声援を送る支持者たち
病院前から声援を送る支持者たち

翌10月4日。日曜日ということもあり詰めかけた“サポーター”の数は膨れ上がっていた。200人近くはいただろうか。

午後5時すぎ、私たちは生放送の中継リポートを終え一息ついていたところだった。あれだけ走り回っていたサポーターの車から聞こえる大音量のクラクションがぱたりと止んだ。通行止めが始まったのだ。

そしてわずか数分後のことだ。10台ほどだろうか、長い車列が通った。最初は我々取材チームがいるところと反対の車線だった。サポーターが沿道に多くいる方だ。

車列が走るスピードはVIPを乗せているにしては遅すぎる。ペンス副大統領か、感染し隔離中のメラニア夫人のお見舞いだろうか・・・?と思っていたら、沿道のサポーターたちが走って一台の車を追いかける。まるでアイドルの追っかけのように歓声をあげ旗を振っている。

突然の車列登場 歓声をあげながら追いかける支持者
突然の車列登場 歓声をあげながら追いかける支持者

誰だったんだろう・・・と思っていると、トランプ大統領がサプライズをするとツイッターで発表したとの情報が入ってきた。まだ入院間もない患者が、しかもつい2日前まで酸素吸入を受けるほど深刻な状況だった70代の高齢者がまさか・・・と思っていたら、わずか数分後、車列は私たちがいるほうの車線に戻ってきた。

1台目―警備担当者だろうか。眼光鋭いスーツ姿の男性2人が後部座席に乗っている。

そして2台目―トランプ大統領だ。ゆっくりと走る車の窓から、マスク姿だが穏やかな表情で、手を振っている。「強いリーダー」というよりも、まるで「ロイヤルファミリー」のような印象を受けた。そして、両手の親指を立てる“ダブル・サムズアップ”。こちらも「強い」というより“おちゃめ”に見える。後部座席に乗っていたのはトランプ大統領だけで隣は空いている。助手席には、こちらも警備担当者か。映像を見返すと、ゴーグルもしくはフェイスシールドをつけているように見える。

車の中から支持者に手をふるトランプ大統領
車の中から支持者に手をふるトランプ大統領

異例づくし・・・突然決まった外出?

気がついたことが2つある。ひとつは、VIPにしては、車列が進むスピードが遅すぎること。これは、熱烈なトランプ支持者へのサプライズ・プレゼントであり「元気な姿を見せるため」なので致し方がないことだろう。が、通常は、世界一命を狙われている国家元首である。こんなスピードで走るのは異例だ。

そして、もうひとつは、道路封鎖が直前すぎることだ。ニューヨークで以前トランプ大統領の車列に出くわしたことがあるが、そのときは30分以上足止めを食らった。今回はわずか数分前。推測だが、この「サプライズ外出」はかなり“唐突に”決まったことではないだろうか。大統領の移動でとるべき入念な警備や交通規制などの準備をする時間がなかった可能性もあるように思う。

(なお、前述の自身のツイッターに、「サプライズで愛国者の皆さんの前に現れる」との動画メッセージを出したのは、午後5時16分。「サプライズ登場」のわずか4分前だが、これは文字通り“サプライズ”のための演出であろう)

両手親指立て「サムズアップ」
両手親指立て「サムズアップ」

“顔を見せたかった”相手

多くのメディアが批判した「危険すぎる外出」。
批判されることをわかっていながら、トランプ大統領はなぜ外出を強行したのだろうか。

病院前に来ていた何人かに話を聞くと、「そこまでやるか?」というほどの入れ込みぶりだった。ある男性は、なんと西海岸のロサンゼルスから東海岸のワシントン近郊まで飛行機で5時間かけてきたという。トランプ陣営がコロナ感染で選挙キャンペーンを中断せざるを得ないため、少しでも応援するために駆けつけたそうだ。

別の男性は、トランプ大統領が入院した2日から退院した5日まで泊まり込みでここに居続けた。「最高司令官が入院したんだぜ。それはエールを送らないと!でも、帰ったらシャワーを浴びてゆっくり寝たいね!」と元気に答えた。

病院前に3日泊まり込んだ支援者
病院前に3日泊まり込んだ支援者

徹夜組は、宅配ピザを注文して、長期戦に備えていたが、中には「トランプが差し入れしてくれたんだぜ!」とジョークを飛ばしている人もいた。

徹夜組が注文したピザ
徹夜組が注文したピザ

そしてやはり気になったのは、マスクをしている人が少ないことだ。マスク“する派”のトランプ支持者に怖くないのか?と訪ねると、「マスクする、しないは個人の自由よ!」と口をそろえた。

つまり、“トランプ支持者らしいトランプ支持者”が多いのだ。何があっても絶対にトランプ大統領を支持する、いわゆる岩盤支持層の人々がその場に結集していた。だからこそ、あらゆるリスクを冒してでも、彼らに「元気であることを見せる」ことが、トランプ大統領にとっては最も重要だったのだ。

まさに最悪のタイミングのコロナ感染を逆手にとって、支持層をがっちり固め、また、サポーターが「アイドルの追っかけ」のように熱狂している様子を世界に見せたかった。それが現場で感じた「サプライズ外出」の最大の理由だ。もしかするとこれが、そのとき大統領にできる数少ない「トランプらしさ」を示す行動だったのかも知れない。

同時に、世論調査で差を付けられながら思うように動けない状況への「焦り」も透けて見える気がした。

異例づくしの大統領の“入院劇”。退院後もトランプ大統領はサプライズを連発し、「強さ」をアピールしようと躍起になっている。劣勢を挽回するため今後、トランプ大統領がなりふり構わぬどんな逆襲を仕掛けるのか。

オクトーバー・サプライズは、これだけでは終わりそうにない。

執筆:中川真理子
撮影:森田アンドリュー、取材:ディエゴ・ベラスコ

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。