奪った大金 薄れた罪悪感

佐藤が奪った1400万円は、どこへ消えたのか。法廷で示された使途は具体的だ。
80万円以上を生活費として妻に渡し、50万円は娘の自動車学校やバイク購入に充てた。洗濯機の買い替え、家族へのプレゼント、パチスロや外食…。家族には「パチスロで勝った」「仕事場で出た廃材を売ってコツコツ貯めた」と嘘を重ねた。
逮捕時、残金は約1060万円だった。
佐藤加寿也
「生活に余裕がなく、大金を見つけて、これがあれば家族や子供が喜ぶのではないかと思った」
「使っているうちに罪悪感が薄れた。妻や子供の笑顔が見られて…」
「家族のために」という言葉は、いつも、遅すぎる。
元妻「夢であってほしい」証言台で涙

呼ばれたのは被告の元妻。証言台の前で、彼女は涙をこぼした。
「夢であってほしいと思いました」
夫婦と4人の娘。家事は皆で分担し、穏やかな家庭だった。事件後、家族は転居を余儀なくされ、長女は退職。次女と四女は不登校に。彼女は娘たちを一人で育てるため、離婚を決めた。それでも…。
被告の元妻
「私も娘たちもパパのことは嫌いにならない、なれない」
逮捕時に残されていた金は、全額を遺族に送金した。そこには「また家族旅行に行きたい」と貯めていた家族の貯金も含まれていたという。
最後に裁判官が問う。「伝えたいことは?」。
彼女は嗚咽交じりに言葉を絞った。
「本人だけでなく、加害者家族である私たちも一緒に罪を償っていくつもりです。刑期を終えて帰ってきたからといって許されるわけでもない。一生、私は主人と死ぬまで罪を償っていきます。直接被害に遭われたご家族にお詫びすることも何もできなくて、本当に、本当に申し訳ありませんでした」
法廷には、被告の嗚咽と元妻の泣き声だけが残った。
被害者遺族の怒り「命だけでなく日常も奪われた」

被害者の大塚修さん(当時72)は、建築関係に従事し、家族には厳格でありながら愛情深かった。大病後は酒もたばこもやめ、孫の成長を楽しみにしていた。
長男は、失われた日常を語る。
「父の命だけではなく、家族が過ごすはずだった日常も奪われた」
「小学校一年生の頃は、会社の人にサンタのコスプレをさせてプレゼントを届けてくれた」
「リフォームしなければよかったと悔やむ。今もその場所で生活することは、言葉にできない苦痛」
「家族が受けた苦痛と悲しみは、どれだけ時間がたってもなくならない」
被害者の妻もまた、悔恨で胸が詰まる。
「もし私が家にいたら。出かけなかったら。後悔の毎日。遺影に留守にしてごめんね、と語りかけている」
「(夫は)孫たちの成長を楽しみにしていた。孫たちがリフォームした家で走り回っていると『ここに夫もいたはず』と悲しさがこみあげてきた」
被害者の次女は怒りを隠さない。
「家庭を抱え、苦しい事情があったのかと思っていたが、裁判で理由を聞いても納得できない。あまりにも身勝手な理由」
「玄関で父と会った時に立ち去ることもできたはず。しかし、タックルをし、犯行に及んだ。父の命を奪った行為は決して許されない」
被害者の長女
「父の死から夜眠れない日々が続く」
「厳正かつ重い処分をお願いする」
「命」と「日常」。遺族が繰り返し口にしたのは、その両方が奪われたという事実だった。
「一生かけて償っていきます」被告の最後の言葉

検察は「被害者の命を顧みることなく、金銭を奪うことのみを優先」した極めて悪質な犯行だとして懲役30年を求刑した。
最後に、裁判長に発言の機会を与えられた佐藤は、涙を浮かべてこう述べた。
「遺族の方の大切な人を奪ってしまい申し訳ございません。一生かけて償っていきます」
「心を入れ替え、これから決まる刑を務めていきたいと思います」
懲役26年「仕事で知り得た事実の悪用」を強く非難

2025年9月3日午後3時。白いシャツに黒いパンツの佐藤は、落ち着いた様子で証言台の前に立った。
裁判長「主文 被告人を懲役26年に処する」
仙台地裁は判決理由で、こう述べた。
「犯行計画は周到なものではなく、犯行前に逡巡している様子もうかがえるなど、犯意が強固であったとは評価しがたい」。
一方で「仕事上で知った事実を強盗のために悪用したことには、強い非難を向けなければならない」と指摘した。
さらに榊原敬裁判長は「裁判員からの言葉」として、こう付け加えた。
「刑期を終えても、被害者の命が帰ってくるものではない。犯行が意図したものでなくても、絶えず遺族に苦痛を与えていることを忘れないでほしい」
佐藤は真っすぐ裁判長を見つめたまま、判決を聞いていた。
弁護側は控訴について「これから相談のうえで決める」としている。
“偶然”は免罪符にならない
担当者が、依頼主の家で偶然見てしまった大金。それを仕事上知り得た事実として悪用し、命を奪い、日常を壊し、家族を傷つけた。
元妻は「加害者家族である私たちも一緒に罪を償う」と涙ながらに語った。遺族は「父の命だけではなく、家族が過ごすはずだった日常も奪われた」と静かに、しかし強く訴えた。
失われた命は戻らない。残された人々の時間は、止まったままではいられないが、元に戻ることもない。
※本稿は、傍聴した記者の詳細な法廷記録に基づいて構成した。発言引用はすべて公判で示された供述・証言を記載した
仙台放送