自民党の総裁選で“まさか”の3位となった石破茂元幹事長。完膚なきまでの敗北を石破氏はどう受け止め、次に向けてどう動くつもりなのか。“敗軍の将”となった石破氏に去来する思いを聞いた。

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小泉氏からの連絡はなし「議員それぞれの流儀」

――総裁選をあらためて振り返ります。石破さんは2位を期待していたと思いますが、3位になったことについてどう思いましたか。

石破氏:
そもそも勝つために出馬したのですから、2位を期待していたと言われるのも少し心外ですよね(苦笑)。ただ、菅陣営から岸田陣営に議員票が融通されたとかされていないとか、党員票の扱いとか、実質的に総理大臣を選ぶ手続きとしては不透明だという声があったことは、自民党にとって残念だったのではないかと思いました。

――前回の総裁選で石破さんを支持した小泉進次郎環境大臣は今回、当初は河野さん、そして菅さんを支持しました。この選択についてどう思いますか?

石破氏:
それは国会議員としてそれぞれの選択があるのですから、進次郎さんの選択もご本人に聞いてみないとわからないでしょう。私が若い頃は総裁選で誰を応援するのかについて、自分の選挙区の有権者に説明し理解を求めてきました。国会議員それぞれにスタイルがあるでしょう。

――小泉大臣から石破さんに直接連絡はなかったですか?

石破氏:
いいえ、ないですよ。以前、私を支持して下さった時もありませんでした。それも議員それぞれの流儀があるでしょう。

小泉氏から石破氏に直接連絡はなかった
小泉氏から石破氏に直接連絡はなかった

「何のためのハンコ廃止かまだ見えていない」

――菅政権の布陣をご覧になって、どんな印象をお持ちですか?

石破氏:
入閣された方々すべてを存じ上げているわけではないですが、我々の水月会から田村憲久さんを厚生労働大臣にされたことで言えば、誰が見ても「余人を持って代えがたい」と言える適材適所だと思います。コロナ対策の自民党における責任者もやってこられて、知識や経験、厚労省からの信頼、テレビに出た時のわかりやすい解説、人に決して高圧的な感じを与えない話しぶりなど、本当に適任ですね。ですから他の閣僚もそういう基準でお選びになったのではないでしょうか。

――菅政権の目玉政策であるデジタル庁についてはどう見ていますか?

石破氏:
眼目は良く分かります。一方で、どういう組織建てにして横串を刺していくかについて、相当の工夫が必要ですよね。私は、総裁選では内閣情報通信政策監を抜本的に強化することを訴えましたが、庁とすれば内閣府の外局にするのか、権限についても今の総務省の担当部局や内閣情報通信政策監の権限だけでは足りない部分があるので、それをどう変えていくか。設置法の内容とか、KPI、つまりいつまでに何を実現するのかとか、そういうところに注目していきたいと思います。

――河野太郎行政改革相が頭角を現しています。特にハンコ廃止について猛スピードで進めています。

石破氏:
ハンコは旧態依然たる認証文化の象徴のようにいわれていますが、少し危惧するのは、「何のためにハンコ廃止するのか」がまだ必ずしも見えていないことです。それが業務の効率化のためなのか、テレワーク推進のためなのか、デジタル認証を進めるためなのかによって、実は政策の進め方は変わってくる部分がある。生体認証などによる幅広いセキュリティ強化の方策とも併せて考えていくべきだと思います。

菅首相と閣僚たち
菅首相と閣僚たち

北朝鮮拉致問題は「主権国家同士話し合いの場を」

――外交安全保障について伺います。総裁選の際、北朝鮮・平壌に連絡事務所設立をと言っていましたが、その真意は何だったのですか?

石破氏:
前々回からの主張なのですが、あまり注目はされなかったような気がしますね。私は平成2年、超党派の有志国会議員で結成された「金日成主席生誕80年を祝う会」に参加して、平壌に行きました。我々日本海側に育った人間は、「この海を越えたら怖い国がある」と教わって育っていますから、個人的には生誕80年を祝う気はまるでありませんでしたが、とにかく一回見てみようと。そこで徹底した個人崇拝、徹底した反日、マインドコントロールされた国民を目の当たりにして、恐ろしい国だと心底思いました。

それが、私が安全保障をライフワークとして取り組むきっかけになっています。ですから北朝鮮との関係をどうするのか、ということについて常に考えてきた中で、拉致問題の解決の方策の一つとして提案したものです。

――拉致問題は安倍政権では残念ながら解決することができませんでした。

石破氏:
安倍総理のあれだけの想いにもかかわらず、結果として拉致問題は前進をみることができませんでした。拉致問題には色々な側面がありますが、やはり今一度、国家主権の侵害行為だという性質を正面から捉えて、主権国家同士で話し合う態勢を作るべきではないでしょうか。そのプロセスの中で必要であれば、国連の場を活用することも考えられるのではないでしょうか。

日韓関係「併合で生まれた怨恨を理解した上で日本の立場を主張」

――日韓関係について伺います。菅政権にかわって日韓関係に何らかの動きがあると思いますか?

石破氏:
朝鮮半島は伝統的に「小中華」という位置づけをずっと続けてきました。中国の王朝「中華」を中心とし、その正統な文明を受け継いでいる国という意識が歴代の朝鮮半島の王朝には非常に強く、それに比べれば海を渡った日本は少なくとも彼らからすれば「中華」の及ぶところではないということでした。

――中華から見れば辺境の地であるのが日本であったと。

石破氏:
なぜ台湾は親日なのに韓国は反日なのかとよく聞かれますが、台湾はもともと中華文明の及ばざる辺境の島という扱いであったところ、かたや朝鮮半島は小中華の独立国家であった。それを善意によるものとはいえ「併合」したところに、根源的な怨恨が生まれてしまっている。少なくともその前提を理解しそれを相手国に伝えた上で、慰安婦、徴用工、竹島などの案件については日本の主張をきちんと述べるというアプローチができるかどうかではないかと思います。

菅政権の外交手腕にも注目
菅政権の外交手腕にも注目

米中冷戦「世界一を欲する2カ国の対立は不可避」

――アメリカと中国の冷戦は、たとえ米大統領がバイデン氏となっても続きますか?

石破氏:
今のアメリカにはトランプ大統領という異色の大統領がおられますが、本来アメリカは「自由」をイデオロギーとして建国された理想主義国家で、かつ今でも国民の8割が神を信じ、5割が週末に教会に行くという宗教国家であって、「世界一」であり続けることを暗黙裡に目標としています。

一方の中国もアヘン戦争に負けるまで、長い間世界一の大帝国でした。その千年近い間に培われた「易姓革命」や「中華思想」は今でも生き続けているとみるべきであって、「中国共産党」はマルクス・レーニン主義に基づいたイデオロギーをまるで奉じていない、一種の「共産党という名の王朝」と考える方が合理的でしょう。

――「一帯一路」から南シナ海、香港と中国はますます覇権主義的な動きを強めています。

石破氏:
今、その中国共産党は、領域内の60近い民族を「中華民族」とひとくくりにして位置づけようとしていると言われています。その一方で、人民解放軍は共産党の軍隊であり、「国民」の軍隊ではない。この矛盾を内包したままで、手段としての徹底した言論・思想統制がある。

こういう性格を持った米国と中国が、中国の国力が大きくなるに従って対立するようになるのは、ある意味構造的なものでしょう。ですから、たとえアメリカの大統領が変わったとしても、その構造が変わるわけではないと思います。

「香港で起こったことは台湾で起こるかもしれない」

――こうした2つの大国の狭間で菅政権はどう振る舞うべきでしょうか?

石破氏:

アメリカは自国が世界一でなければならないと思い、中国は世界一だった栄光を取り戻したいと思っているとすれば、その対立は不可避でしょう。それが「冷戦」のレベルでマネジメントできるようにするというのが、一つ周辺国としての目標かもしれません。

しかし香港の一国二制度が事実上、平然と否定されたのは大変なことと考えるべきです。香港はアヘン戦争でイギリスに奪われた領土だ、とするならば、台湾も日清戦争で日本に分け与えたもの、つまり中国にとって同じ論理になる可能性があるからです。

――つまり台湾有事もありえると。

石破氏:

コロナ禍で、まだ各国は自由に往来できない状態が続いていますが、中国は14億人の内需で国家経済を維持することもある程度可能です。

香港で起こったことが台湾で起こるかもしれない。台湾から沖縄はもう、目と鼻の先です。いろいろなことを想定して備えておいた方がいいと思います。

米中対立はアメリカの大統領が変わっても続く
米中対立はアメリカの大統領が変わっても続く

「日米同盟の見直しもグレートリセットである」

――石破さんが総裁選の際に訴えたのが「グレートリセット」ですが、今後日本の何をリセットしていきますか?

石破氏:
「グレートリセット」というのは、いわば国の設計図を書き換えることだと思っています。例えばサプライチェーン、エネルギー、食料は、海外に依存しすぎていないか。これらをある程度、国内にシフトするべきではないか。

安全保障についてもそうです。アメリカだけが同盟国というのは、素晴らしいことだと私は思っていません。アメリカを中心として同盟関係を維持するのではなく、アジア太平洋地域においてもネットワーク型の同盟関係を模索すべきではないか。

――日米同盟もグレートリセットの対象であると。

石破氏:
日米同盟の文脈においても、主権国家として取り戻すべきものがあるのではないか。例えば空域などもそうです。これらの課題は戦後、ある意味当たり前のように、あるいは前提とされてきた部分であり、そこを見直すのが「グレートリセット」だと思っています。

「300万人地方移住しないと持続できない」

――地方創生として「300万人地方移住」も打ち出されましたね。

石破氏:
これも単なる「地方の活性化」ではありません。我が国の持続性を高めるために、絶対に必要な政策だと思っています。戦後、東京に政治も経済も文化もメディアも徹底して一極集中させたのは、日本政府あるいはGHQの意図的な施策でした。それがあったから、戦後たった23年で世界第2位の経済大国になりえた。

――しかし、コロナ禍で一極集中のデメリットが顕在化しました。

石破氏:
その成功モデルは平成で終わり、東京は一極集中のメリットを遙かに超えたリスクを抱えた都市になり、地方もどんどん衰退している。人為的にあらゆる地方から首都圏に移住させたのですから、300万人くらいが東京以外に移住するような国のかたちにならないと、持続可能性が危ぶまれる。そういうことで打ち出した政策目標です。

年内総選挙「当面解散にはなりえない」

――衆議院選挙が年内にもという噂もありますが、石破さんはどう見ていますか?

石破氏:
菅総理は総裁選の間から、コロナ禍が一定の終息を見るまでは解散はあり得ないとおっしゃっておられました。コロナ特措法の改正の有無、あるいは敵基地攻撃能力をどのように自衛権行使として位置づけるか。こういった重要な課題があり、国民の前で透明性の高い議論を行わねばならないわけですから、当面の間は解散ということにはなりえないのではないかと思います。それこそ、政治空白を作ってはならない、ということではないでしょうか。

――最後に、次の総裁選は出られますか?

石破氏:
さすがに今、そんなことを論じるべきではないでしょう。

――次はどうするのか国民が注目しています。ありがとうございました。

【追記】

「総裁選は武器を持たない戦争、権力闘争だ」と語ったのは小泉環境相だ。その小泉氏が今回、菅氏支持に回ったことも石破氏にとっては大きな痛手だった。敗北の原因の1つである党内の人心掌握に向けて石破氏はどう動くのか、今後も注目だ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。