戦後80年が経ち、戦争を知らない世代が多くを占めるなか、その記憶をどうつないでいくかが課題となっています。
今回は、被爆者の思いを若い世代に知ってもらおうと県被爆者協議会が開いた広島慰霊の旅について。
参加した県内の5人の高校生が広島で感じ取ったこととは…。高校生に密着しました。
18日に新田知事の元を訪れたのは「広島慰霊の旅」に参加した県内の高校生です。
先月、広島を訪れ被爆の実相について学び、その成果を新田知事に報告しました。
*参加した高校生
「戦争について、教科書に書いてあることやニュースでしか分からなかった。今回初めて広島を訪れて、怖い事だということを知った」
「平和を願うだけでなく、家族や友達に体験したことを伝えたい」
県被爆者協議会が企画した広島慰霊の旅。
戦争を知らない世代に原爆の恐ろしさや平和の大切さについて実際に感じてもらおうと平和記念資料館や原爆ドームを巡りました。
高校生が触れていたのは、原爆投下時に熱線で溶けた「被爆瓦」です。
「熱で表面がボコボコしている」
案内役を務めたのは現地の高校生です。
広島では様々な形で原爆の記憶がいまに継承されていました。
*広島の高校生
「今は補修されていてきれいだが、昔は今よりもっと黒かった」
世界平和の実現を誓い建てられた原爆死没者慰霊碑です。
原爆で亡くなったおよそ35万人の名前が記された死没者名簿が納められています。
人類初の原子爆弾が投下され、一瞬にして失われた当たり前の日常。
亡くなった人や今なお苦しみ続ける被爆者に思いをはせて手を合わせます。
旅の総括として、高校生は広島で学んだことを絵で表現しました。
初めて間近で見て触れた、被爆の実相。
言葉にできない難しさもある一方で、高校生の心には確かな変化がありました。
「生き残った人や物とかもただ良かったではなく、周りの家族がいなくなって悲しいという思いもある。残される哀しみ」
「資料館に行っても普段経験せずに生きているから、何度の熱風と言われても分からない。分からないからこそ繰り返してはならない」
この旅で富山の高校生が感じとった平和へのメッセージです。
慰霊の旅を企画した小島さんは手ごたえを感じていました。
*県被爆者協議会 小島貴雄会長
「広島の高校生が自分たちが調べたことを一生懸命伝えようと努力している姿を感じた。話を聞いて回って急に意識が高めてくれたんじゃないかと。若い人たちを巻き込む、伝えることをしたい。これを一つのきっかけにしたい」