プロ野球に偉大な足跡を残した選手たちの功績、伝説を徳光和夫が引き出す『プロ野球レジェン堂』。記憶に残る名勝負や知られざる裏話、ライバル関係など、「最強のスポーツコンテンツ」だった“あの頃のプロ野球”のレジェンドたちに迫る!
現役時代、通算868本のホームランを放った王貞治氏(現福岡ソフトバンクホークス会長)。
その「世界の王」の最後のホームランバットは徳光が持っていた。王氏の了解のもと、“徳光家のお宝”が野球殿堂博物館に寄贈されることになった。
「徳光家の“王バット”殿堂入りスペシャル」パート1(前・中・後編)
【前編からの続き】
世界的記録を達成した4人が並ぶコーナー
徳光:
さあ、ここのコーナーは。
遠藤:
こちらは球史に残る名選手…。

関口:
真ん中の4つのケースが世界的な大記録を達成された方ということで、奪三振の金田正一さん、連続試合出場の衣笠祥雄さん、盗塁の福本豊さんと、ホームランの王貞治さんということで展示をしています。
徳光:
そういうことか。
関口:
プロ野球の歴史をこの部屋でご覧いただけるように展示していますので。
遠藤:
金田さんの記念球が…。
これ、実際に着用されたユニホームですか?
関口:
はい。もともとこの展示が、うちで金田さんのユニホームを現役時代のを持ってなかったものですから、ロッテの監督時代のものを飾ってたんです。
そしたら、金田さんお見えになった時に、「わしはピッチャーで殿堂入りしたから、現役時代のを今度持ってくるから」っておっしゃって、本当に次来た時にこれ持ってきてくださって。
徳光:
そうですか。
関口:
それこそV9の最初のころのウールのユニホームなので。
徳光:
ですよね。

遠藤:
これ、厚手ですね。
関口:
厚手の。
徳光:
厚手なんだよ。結構、このクリーム色がね。
江本:
あとは、この方はやっぱり上体が長かったから、足は短かったですよ。足は徳光さんと同じぐらいじゃなかったですか。
徳光:
いえいえ。金田さんに言わせると、足も長かったんだけど、それ以上に長いのが胴だったっていう。
江本:
胴長です。
徳光:
胴長です。
遠藤:
お隣、衣笠さん。
徳光:
これはキヌさんですね。
遠藤:
グローブも。
江本:
もっと現役の時はユニホーム姿はほっそりして、締まって。
徳光:
そうでしたかね。
江本:
それでもう本当に。
徳光:
躍動感あふれるね。
江本:
そうなんですね。
関口:
ベルトレスの時代のユニホームです。
徳光:
ありましたね、その時代が、ベルトレスの。

江本:
ベルトレスを一番最初にやったのは、南海ホークスなんですよ。
徳光:
そうですか。
江本:
野村克也の時にね。アスレチックスのユニホームのまねして。
徳光:
そうですか。そうすると、メジャーから来たんですか、ベルトレスは。

江本:
もちろんメジャーのまねして、アスレチックスのまねして、同じデザインで南海ホークスが作って。
野村さんにそんな発想はないはずなんですけど、誰かのアドバイスだと思いますよ。誰とは言いませんけど。
松井や大谷が東京ドームの天井に打ち込んだボールも…
関口:
こちら福本豊さんの。
遠藤:
ゲストで来ていただいてますけれども。
徳光:
やっぱりほら、遠藤さん見て、スパイク。一番前に歯をつけたんだそうですよ。陸上競技の選手みたいに。こんな前に爪ないでしょ。
スパイクの爪を前につけてるんで、より以上にこう加速がつくようにってことを、われわれの番組に出演してくださった時におっしゃってましたけど。

2025年2月25日放送回
徳光:
やっぱりちょっとスパイクなんかもあれですか、自分の考えみたいなことが?
福本豊(77):
スパイクはね、僕ちょっとみんなより(刃が)前についてるんですけどね。これはね、シーズンオフにね、陸上の選手が履いているのを「ちょっとそれ見せて」って、「履かせてもらってもええか」って言うて。それで、走ってみたらこうやっぱり(地面に)引っかかるんですよね、金具が。
徳光:
野球のスパイクの位置が違うってことなんですか?
福本:
金具の位置が違ったんですよ。
徳光:
野球と?
ちょっと今日持ってきていただいてるので、スパイクをこれ福本さんの履いたスパイクなんですけど、こんな前にしてるんですか、普通このへんですよね?
福本:
この先っぽが引っかかって、金具が引っかかって、金具でぐっといけるように。
江本:
つい最近、福本と一緒に話したんですけど、いろいろ聞いたんですけどね。
彼は僕ら対戦一番した人なんで、そのころはだいたいどっちかと言ったらスタートはあんまり上手な方じゃなかった、走っていくに従って早くなる。
徳光:
加速が。

江本:
スタートだけで盗塁する人と、スタートはそうでもないんだけど、行けば行くほど早いっていう、これは福本さんも典型的ですよね。
この福本さんはね、盗塁は確かに100何個やった。僕らの時代にやったんですけどね、実は隠れた記録があってね、1番バッターで200本以上ホームラン打ったんですよ。こんな人いないんですよ。
徳光:
そうですよ。
江本:
と言って、私にこの前自慢げに言ってました。
徳光:
208って書いてあるね。
江本:
これね、まず1番とか2番で200本以上打つバッターはまずいないということで、そっちは結構評価してほしいと言ってました。
徳光:
バットも独特ですよね。今の魚雷バットみたいな感じでしたよね。
江本:
そうですね。ノンプロから入った時は2軍に行って、そんなに打てなかったんですけど、ちょっとヒントを得て。
南海に藤原(満)という人がいて、彼が使っているバットを使って、参考にしてそれから打ち始めた。

2月25日放送回
福本豊:
南海の藤原(満)さんが、野村(克也)さんが「お前このバットを使うんであれば試合で使う」って言った。
それを(阪急の)大熊さんが見ていて、(近畿大学の)先輩・後輩なんでね、「ちょっとそのバットを貸せ」と大熊さんがガーンと使ったんです。「これええな」と思って、借りて試合で使ったんです。
徳光:
そんなこと言ってたかな。
遠藤:
人のバット借りたっておっしゃってましたね。
やはり足のサイズ小さいとおっしゃってましたけど。
江本:
小さいですもん。170cmないんじゃないですかね。
徳光:
ほかの選手とちょっと違う形で、ご自身でスパイクを陸上競技の選手と同じような形で作り変えたと言ってましたけどね。
そんな感じですよね、確かにね。
遠藤:
ホームベースをこうやって展示するという。
関口:
その時の記念の記念品として、その時渡されたものですね。
徳光:
いいね。

こちらが、わが王さんのですね。

遠藤:
王さんのバット3本、700号、714号、800号。ということは、このあたりに飾られるということなんですかね、868号のバットも。
関口:
もう1本飾れるようにして、この中に納めるようにします。
徳光:
そうですか。ドキドキですね、これはね。
遠藤:
ボールも、徳光さん、600、700、714…、ボールは756号があるんですね。
徳光:
これはすぐに回収できたんですか?
関口:
当時、節目のホームラン、それから大リーグの記録に関わってくるような番号のホームランに関しては、確保して博物館でファンの方に見てもらおうということで、球団と親会社さんと、それから球場が一体となって確保に努めて。
徳光:
そうですか。
関口:
スタンド入ってしばらくしたら、もう分かんなくなっちゃいますから、そのタイミングで行って声かけないといけないというので、
たぶん大変だったと思うんですけど。
徳光:
おそらくそうでしょうね。
関口:
あと、こちらに珍しいものもあるんですけど。
徳光:
これ、何でしょう?
関口:
まず後ろの方をご覧いただくと、東京ドームの天井に入った打球。
遠藤:
ありました!松井(秀喜)さんの。
徳光:
おもしれーなー。

関口:
松井秀喜さんと、もう1回あって、もうひとりが大谷翔平さんなんです。
徳光:
大谷ですか。
関口:
はい。東京ドームって空気膜で、当然外側の膜は隙間もなくぴったり風船になってますけど、内側の膜はサポートしてる形なので、隙間があるんですね。その隙間に打ち込んで。
徳光:
大谷なんですか、それ。
関口:
そうなんです。松井さんはプロ野球のシーズンで、2002年の7月ですけど。
遠藤:
覚えてます。
関口:
大谷翔平さんは侍ジャパンの試合で、2016年の11月に記録をしてまして。
徳光:
そうですか。
関口:
やっぱり特別な選手でしか、なし得ないという。
徳光:
そうでしょうね。面白いな。

関口:
隙間から天井裏を転がって端っこの、バックスクリーンの上というかな、壁と膜の隙間から取り出されたっていうことで。
関口:
もう1個がこれ。
遠藤:
これ、そう?
徳光:
岡本だ。
遠藤:
去年(2024年)。
関口:
去年の4月。
徳光:
去年だ。ありましたよね、岡本の。
関口:
天井の懸垂物に乗っけちゃってっていう。
そうしたものもこちらにお寄せいただいてご覧いただいています。
野村克也さんの“月見草談話”のバットも…
遠藤:
この時代は…。

関口:
江本さんに、ぜひこれ。
ノムさん(野村克也さん)と門田(博光)さんのバットが。
江本:
こんな人もいたんだ(笑)。
ノムさんのバットはあんま見たことない。ちょっとグリップを一握り余らせて構える人だった。
遠藤:
何か細いですね、ノムさんのバット。
徳光:
意外とね。
関口:
これが600号本塁打を達成したホームランバットで、有名な“月見草談話”は600号ホームランを打った時にコメントとして出されたということで。

野村克也の“月見草談話”
「王や長嶋は向日葵(ひまわり)。オレは日本海の海辺にひっそりと咲く月見草」
徳光:
門田さんのは、やっぱりグリップが細いんですね。
江本:
細かったですね、イメージとしては。
やっぱりスイングは速かったですからね、彼らは。
徳光:
藤村富美男さんの「物干し竿(ざお)バット」。
長いんだよ、ちょっと。
関口:
92cmとか、92.5cmか。

で、その上が、大下弘さんの「青バット」。
徳光:
青バットってこういう色なんですか。
遠藤:
緑なんですね、どちらかというと。
関口:
そうですね、青信号に近いというか。

その上が、川上哲治さんの赤バット。
遠藤:
もっと赤かったんですか。
関口:
赤はもともともっと赤かったはずなんですけど、真ん中へんにちょっと赤鉛筆の朱みたいな部分が。
徳光:
ほんとだ。あの色が本当だったんだ。
関口:
結構、当時の塗料があんまりよくなかったみたいで、ボールに色がついちゃうっていうので、1947年、実質その1年間だけで使用が禁止になっちゃったみたいで。
遠藤:
貴重ですね。
徳光:
これが初めての完全試合、藤本((中上)英雄)さん?その時のグラブですか。

関口:
そうです。
こちらは、完全試合と三冠王のコーナーで、1950年のプロ野球完全試合第1号を達成した時のグラブ。
徳光:
このグラブですか、これ。こっちですか。こんなグラブだったんだよ。
遠藤:
えー。
江本:
昔はね。

関口:
たぶん昭和20年代ぐらいまでは、まだグラブが平らなんですよね。
徳光:
そうか。
江本:
この高橋善正さんが完全試合した時に、私はベンチにいたんです。
遠藤:
東映フライヤーズ。
徳光:
そうですか。
江本:
大橋(穣)・ショート。張本(勲)、大杉(勝男)さんがいるころです。
徳光:
そうだ。これ、ハリさんですね。

江本:
ええ。私の高知商業の先輩なんですよ。
遠藤:
高橋さん。
徳光:
そうだ。
江本:
私はベンチにいて、かたずをのんで見てたんですよ。
で、センターに抜けそうになって……。
徳光:
あのころ、東映だったんですか。
江本:
私が東映に入った1年目の、後楽園で。
徳光:
1年目、そうおっしゃってましたよね。それから南海行くんですもんね。
江本:
はい。善正さんは中央大学のエースで。東映の新人王取った人です。
徳光:
ゼンさんね。
江本:
八木沢さんのグラブ、八木沢さんもすごい人だったから。
完全試合は、なかなかそう簡単にできませんから。
遠藤:
槙原(寛己)さんのはないんですかね。槙原さんの完全試合は?
関口:
あちらに色紙が1枚ありますけれども、あれが第1号の藤本英雄さんと、槙原さんの。
徳光:
17。
関口:
2人とも17番で。

江本:
槙原が完全試合をやった時は私、福岡ドームでラジオの解説をやっていました。
徳光:
へー、そうか。
江本:
一丁かみしてすみません。
遠藤:
目撃者ですね。
江本:
自分がやったことないんだけど、人のやってたやつは何回も見てるんです。
遠藤:
隣は、今までの完全試合の方々の一覧、あと三冠王の皆さんですね。
徳光:
なるほど、こっちが三冠王か。
江本:
森滝(義巳)さんなんですね、たしかスリークオーターの。
徳光:
森滝さんってやってるんですね、国鉄(スワローズ)の。
立教大学の先輩ですよ。

徳光:
今井雄太郎もやってるんだ。今井雄太郎、完全試合やってるんですね。
新潟鉄道管理局の連結係ですよ機関車に乗った、もとはと言えば。

江本:
この人は、この前僕は福本に聞いたんですけど、ほんとに一杯飲んでいったことあるんですって、マウンドに、こっち(ハート)が弱くて。本当かなと思いましたけど、本当だったらしいです。
関口:
プロ野球1リーグ時代の話があって…。
徳光:
巨人のユニホーム、あんなだったんだよ、遠藤さん、ほら。

遠藤:
「巨」って書いてあったんですね。
徳光:
すごいですよね。
江本:
「巨」の時代だな。
徳光:
「巨」の時代です。
だから、横文字使っちゃいけない時代ですよ。
関口:
そうですね。昭和15年(1940年)の後半から……。
徳光:
ストライクを「よし」って言ってた時代ですよね。
関口:
はい。日本語使用ってことで、英語の使用がちょっと制限されるようになって。帽子も軍帽っていうんですかね、戦闘帽でプレーしてた時代だってことで。
徳光:
そうだ、戦闘帽ですよね。野球帽じゃなくて。
白石さんだ、右はじ。白石勝巳さん。スタルヒン、真ん中、呉(昌征)ですよ。ジャイアンツの名選手ですよね。
【後編に続く】
(BSフジ「プロ野球レジェン堂」 2025年7月8日放送より)
「プロ野球レジェン堂」
BSフジ 毎週火曜日午後10時から放送
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