「証拠もないのに決めつける捜査をやめてほしい」
関西テレビの取材に対し、声を絞り出すように語った男性。
2年前に大阪府警に誤って逮捕され、42日間勾留された。
1人の善良な市民が犠牲になった誤認逮捕事件。しかし、その原因や背景はいまだ明らかになっていない。
男性は、大阪府や国を相手に損害賠償を求めて近く裁判を起こす決断をした。
取材から浮かび上がってきた誤認逮捕の実態は、裏付け捜査のない“決めつけ“で起きたものだった。

■「インスタ」に性的写真求めるメッセージ 被害申告受け20代男性が逮捕される
事の始まりは、2023年3月。大阪府内に住む20代女性の元にSNS「インスタグラム」を通じ、性的な写真を送るよう求めるメッセージが、知らない名前のアカウントから届き始めた。
メッセージは”指示に従わなければ女性の性的な画像を友人に送りつける”など女性を脅迫する内容に発展。実際に女性の裸らしき画像が、友人に送信される事態となった。
女性は警察に相談し、「1年以上前に交際関係にあった男性以外に犯行可能な人物はいない」旨を申告。
その約2週間後の早朝、大阪府内に住む20代の男性が会社に出勤しようと自宅から出たところ、警察から令状を示され、警察署に連れて行かれた。
男性はスマートフォンやパソコンも押収され、その夜、脅迫・強要未遂の疑いで逮捕された。

■アリバイ訴えるも…「ポリグラフ鑑定は真っ黒だ」”犯人と決めつける”取り調べ
男性は、逮捕当日から取り調べの内容をノートに記していて、その内容は、男性の言い分を聞くというよりも最初から男性を犯人と決めつけたものだった。
【男性が取り調べを記録したノートより】
なんで逮捕されたか分かってるか。証拠はある。ポリグラフ鑑定は真っ黒だ。こっちは取り調べている。状況からもお前しかいない。
男性は一貫して容疑を否認し、メッセージの送信日時が勤務中であることなど、アリバイがあることを伝え続けた。
しかし、警察が”男性が供述した内容を記録して作成した”という供述書には、弁解内容が少なく、訂正を申し入れても応じてもらえなかったという。

■刑事が強圧的に「犯人はあなたしかいない。友達も会社もなくなると思う」
逮捕翌日以降も男性が犯人であることを前提とした取り調べが続き、男性の主張は全く聞き入れてもらえなかった。
逮捕から20日後、男性は脅迫・強要未遂の疑いについては処分保留(起訴・不起訴の判断をせずに捜査を継続すること)となったものの、今度はリベンジポルノ防止法違反の疑いで再逮捕される。
この日の取調べで男性は、刑事から強圧的な態度でこう告げられたという。
【男性が取り調べを記録したノートより】
犯人はあなたしかいない。ニュースにも出ているんじゃない?友達も会社もなくなると思うけどどうするの?正直に話さないと心証悪いぞ。

その後も犯人と決めつけた取り調べは続きましたが、再逮捕から12日後、日曜日だったにもかかわらず男性の元に担当刑事とは別の警察官がやって来る。
インターネット環境を利用した事件の専門部署(生活安全課)に所属するという、その警察官の話は意外なものだった。
【男性が取り調べを記録したノートより】「
生活安全課では『事件に巻き込まれている』と(の)判断もある。起訴はされないのではないか。証拠もない。
その4日後、男性は警察官から、「真犯人は別の人だと考えられる」と告げられたものの、結局釈放されたのは、裁判所が認めた勾留期間の最終日。「証拠もない」と告げられた日から9日も経っていた。
釈放される時、男性は刑事から高圧的な態度でこう告げられたという。
「これで疑いが晴れたわけじゃない。被害者に何かあったら分かっているんだろうな」

■真犯人は女性に交際継続断られた美容師 ”気を引こうとして犯行”公判で明らかに
42日間に及んだ勾留で、男性には、釈放後もサイレンの音を聞くだけで気分が悪くなるなど精神的にダメージが残りました。犯人と決めつけた取り調べには、「今も納得がいかない」と話す。
誤認逮捕された男性:自分が言っていることを警察が調べてくれなかったことが辛かった。真犯人は女性から聞いていた人で、警察に伝えたのに調べてくれなかった。
結局、犯行に使われたアプリのアカウントが開設された日時と場所が判明。男性がこの時刻に違う場所にいたことが確認されたことから、犯行は不可能だったと証明されたのです。
2023年10月、真犯人の男が逮捕され、翌年有罪(懲役3年、執行猶予4年)が確定。
公判で明らかにされた事件の実態は、女性から交際関係の継続を断られた美容師の男が、女性の気を引こうとして犯行に及んだというものだった。
なぜこのような誤認逮捕が起こってしまったのか。
男性の弁護活動を行った森島正彦弁護士は、裏付け捜査がなされていないと指摘する。
森島正彦弁護士:インターネットを介した犯罪の場合、IPアドレスを取得する等してどこから発信されたかを調べた上で逮捕に踏み切るんですよ。今回はそれがなされていなくて、被害者の供述だけで逮捕に踏み切られている。

■警察内部文書「決めつけ思い込み」「サイバー捜査の知識欠けていた」など要因指摘
男性が釈放されてから約2カ月後の2023年7月、大阪府警は男性に謝罪。
関西テレビが入手した警察の内部文書には誤認逮捕の原因などについて、次の内容が記載されている。
(1)犯人であると決めつける、思い込みによる捜査がなされた
(2)サイバー捜査関連の知識が欠けていた
(3)アリバイの裏付け捜査が不十分であった
男性が謝罪を受けた際に、この文書の内容を刑事総務課の警視が説明したが、取り調べでの暴言などは認めず、男性は警察の対応に「全く納得できなかった」と振り返る。

■男性を「嫌疑なし」で不起訴の検察「システムエラーだった」
男性は、最初の逮捕から16日後、起訴するかしないかを判断する担当検事に「(私を)100%犯人だと思っているのですか?」と尋ねた。
このとき、検事から「今はそう思っている」と告げられている。
2023年8月、男性を不起訴処分(嫌疑なし)とした大阪地検は、男性に謝罪したが、取り調べや誤認逮捕・勾留至った原因について詳細な説明はなく、刑事部の副部長(当時)からは「システムエラーだった」との説明があったという。
謝罪の場に同席した森島弁護士も検察の対応に驚いたと振り返る。
森島正彦弁護士:私も被害男性もそれを聞いて驚きました。警察も不十分な捜査だったと認めているのに、検察庁の中にはある程度冤罪が生まれることも仕方がないと思っている人がいる。不幸にも誤認逮捕されたというのはなくて、誰にでも起こりうるものだと考えて社会を変えていかないと、また誰かがこういう目に遭ってしまう。

■あす=24日にも大阪府・国など相手に賠償求めて提訴へ
42日間の勾留により会社を一定期間休むことを余儀なくされ、弁護士費用すら補償もされない現状に「このままなかったことにしたくない」と語った男性。
警察・検察がどのような捜査をして、なぜ決めつけてしまったのかを明らかにしようと、大阪府や国などを相手にあす=24日にも約1900万円の損害賠償を求めて裁判を起こすことにした。
森島弁護士は、府や国を相手にする裁判を起こすにあたって、刑事弁護で著名な秋田真志弁護士に”助っ人”を依頼。秋田弁護士も「古典的な冤罪で驚いた」と語る。
秋田真志弁護士:本件の経緯を確認していくと、警察も検察も初動時点の決めつけに引きずられた思い込みのひどさに改めて驚かされた。事件の見立てを検証するのではなく、それに拘泥して男性を犯人だと決めつけ、違法な取り調べを繰り返した挙げ句、長期の身体拘束につながっている。古典的な冤罪の構図がそのまま現れた事件だ。

関西テレビは、大阪府警に対して、取り調べが不適切だったと考えているかどうか、今後同じような事件が起こったときに誤認逮捕を生じさせない具体的な方策がとられているかを尋ねた。
これに対し、大阪府警は23日、「近く争訟が予定されているとの報道に接しておりますのでお答えは差し控えさせていただきます」というコメントを発表した。
また、大阪地検に対しても、取り調べが不適切だったと考えているのか、内部検証を行ったかを尋ねたところ、「個別具体的な事件の捜査内容についての回答は差し控える」との回答があった。
昨年CMで話題になった噂だけで犯人を決めつけるキャラクター“決めつけ刑事(デカ)”を笑っていられなくなるような今回の実態。
“決めつけ”捜査は今後起こらないと言えるのか、捜査機関の姿勢に法廷で厳しい目が向けられることになる。
(関西テレビ 報道センター記者 上田大輔)