THIS IS ONLY THE BEGINNING 「F91」幻の譜面、再び

―これは、まだ始まりにすぎない。

映画『機動戦士ガンダムF91』(1991年)の劇中ラスト、画面に静かに浮かび上がる英文は、作品の“未来”を暗示する印象的なメッセージだった。

そして34年後の2025年夏。
その言葉どおり、F91の音楽は“再びの始まり”を迎える。
作曲家・門倉聡氏が30年以上前に手書きで記した幻の譜面が、奇跡的に発見されたのだ。

演奏を担うのは、仙台フィルハーモニー管弦楽団。
再現されるのは、かつてCD収録のためだけに生み出された“幻の交響詩”。
失われかけていた音が、刻をこえて、よみがえる。

1991年に劇場公開された『機動戦士ガンダムF91』

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“初代ガンダム”から続く未来を描いたこの作品は、公開から30年以上が経った今もなお、シリーズファンの間で根強い人気を誇る。

その大きな魅力の一つが、壮大なスケールで描かれる劇中音楽である。
作曲を手がけたのは、当時30歳を迎えたばかりの作曲家・門倉聡氏だ。

門倉聡氏
門倉聡氏

門倉 聡(かどくら・さとし)
作曲家・編曲家。1959年生まれ、神奈川県出身。 東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。
『機動戦士ガンダムF91』では森口博子が歌う主題歌「ETERNAL WIND 〜ほほえみは光る風の中~」の編曲も手がけた。

「捨てようと思っていた」“紙一重”で残された譜面

譜面の再演は、偶然の積み重ねから始まった。
発端は、別作品の打ち合わせに立ち会ったバンダイナムコグループのスタッフからの「F91も演奏できないか」という一言だった。
当初、門倉氏は「譜面は残っていないはず」と記憶していたという。

門倉聡氏:「交響詩版は無理だろうと思っていたんです。サントラの楽曲をもとにすれば採譜(いわゆる“耳コピ”)できるかもしれないけれど、実際に音源を聴いてみたら“これは無理だ”と。そんな中で“念のため”と探した引っ越し時の段ボールの中から、奇跡的に譜面が出てきたんです」

段ボールには、劇伴のスケッチ、手書きの総譜、当時録音用に用意されたパート譜まで、あらゆる資料が残されていた。門倉自身が「あの時点でチェックしていなければ、きっと捨てていた」と語るように、発見はまさに紙一重の出来事だった。

若き日の自分と向き合う葛藤

再発見された譜面には、30年以上前の門倉氏が書いた音がそのまま息づいていた。
だがそれは同時に、今の作曲家としての目線からすれば「恥ずかしい」と感じる“若書き”の作品でもあった。

門倉聡氏:「譜面を見た瞬間、“うわ、これ本当にやるの?”って(笑)。聴き直してみても、“若いなぁ、恥ずかしいなぁ、できればやりたくないなぁ”というのが正直なところでした」

とはいえ、門倉氏はこの譜面に対して「基本はそのまま演奏する」という方針を貫く。
パート譜の書き起こし作業では、必要最低限の補正のみにとどめ、若き日の自分の音を現代のホールに響かせることを選んだ。

門倉聡氏:「今の自分なら、たぶんこうは書かない。でも“当時の自分”が考え抜いて書いた音を、今の自分が尊重しないと、意味がないと思ったんです」

ガンダムという“刻をこえる作品”

『F91』の楽譜が再び光を浴びるまで、30年以上の時間がかかった。
しかしガンダムという作品は、時間を止めることなく、常に“現在進行形”で動き続けている。

門倉氏自身も「印税が今でも入ってくるのは、ガンダムだけ」と苦笑しながら語るほど、ガンダム作品の音楽は長いスパンで再利用され続けてきた。

世代を越えて愛され、旧作をきっかけに最新作へと回帰する“循環”が―それは最新作『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(ガンダム ジークアクス)でも示された通り―、作品の中でもファンの中でも機能している。

門倉聡氏:「富野由悠季監督がF91で描こうとしていた“人と人との関係”や“愛”といったテーマは、音楽としてどう表現できるかを常に考えていました。それが伝わっていたとしたら嬉しいですね」

再演の舞台は 仙台フィルハーモニー管弦楽団

2025年夏、『交響詩ガンダムF91』を演奏するのは、宮城県を拠点とする仙台フィルハーモニー管弦楽団だ。
クラシックからエンタメ作品まで幅広いレパートリーを持ち、近年ではアニメ作品の音楽にも意欲的に取り組んでいる。

2024年には同じ宇宙世紀を描いた『Zガンダム』の交響組曲(作曲:三枝成彰氏)も、約40年ぶりに仙台フィルによって演奏されたばかり。
その際も、バンダイナムコグループの倉庫から偶然譜面が発見されるというドラマがあった。

門倉氏は、仙台フィルとの共演に大きな期待を寄せる。

門倉聡氏:「仙台フィルさん、本当に上手いんですよ。若い頃に書いた作品だけど、今のオーケストラでしっかり演奏してもらえる。楽しみです」

THIS IS ONLY THE BEGINNING

かつては「音が完成すれば譜面は不要」という価値観が主流で、書いた譜面がそのまま捨てられることも珍しくなかった。

しかし近年では、再演や再構築の機運が高まっている。
その流れの中で、失われかけていた音楽が再びステージに立つ機会が増えている。

門倉聡氏:「今やらないと、確実に失われる。記憶が薄れる前に、ちゃんと残していくこと。これをやる意義は、そこにあると思います」

ガンダムシリーズ45周年の節目に鳴り響く、門倉聡氏の“若き日の音”。
それは、ただの懐古ではない。過去の名曲を今の響きで再構築するという、新たな挑戦でもある。

『F91』のエンディングに流れたメッセージ。
“THIS IS ONLY THE BEGINNING”
―これは、まだ始まりにすぎない。


音楽の世界でその言葉の鼓動だけはたしかに生きている。

仙台フィル公式HPより
仙台フィル公式HPより

■演奏会情報特別演奏会 エンターテインメント定期第5回
『機動戦士ガンダム』シリーズ~宇宙世紀コンサート~
日時: 2025年8月9日(土)15:00開演(14:00開場)
会場: イズミティ21 大ホール(宮城県仙台市泉区泉中央2−18−1) 
演奏: 仙台フィルハーモニー管弦楽団
指揮: 大井 剛史
演目: 『交響詩 ガンダムF91』(作曲:門倉聡)ほか

※チケットは仙台フィル公式サイトまたは各種プレイガイドにて販売中

仙台放送

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