さて、この「懐かしさ(ノスタルジア)」という感情は、私たちのこころにどういう影響をもたらしているのでしょうか。
脳は「懐かしさ」に癒される
音楽が喚起する懐かしさについてのレビュー論文では、その効果を「自尊心を高め、楽観主義を高め、インスピレーションを高め、悲しみなどの不快な状態から個人を保護する」と報告しています(※3)。
脳機能的にも、懐かしい音楽を聴くと脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)と報酬系が同時に活性化することが報告されており(※4)、さらに懐かしさを惹起(じゃっき)するような画像を見せたときには痛みに関連する舌状回(ぜつじょうかい)・海馬傍回(かいばぼうかい)の活動が低下するという報告もあります(※5)。
デフォルトモードネットワーク(DMN)… 脳が外部刺激を受け取っていない静止状態に活発化する脳内ネットワーク。DMNは単なる休息状態の脳活動ではなく、自己内省、記憶処理、創造性、社会認知など、高度な認知機能に関与していることが近年明らかになってきている。
このことから、懐かしい記憶は脳内の快感や報酬に関わるネットワークを活性化してポジティブな状態に導き、苦痛の知覚を和らげていると考えられそうです。
これらを総合すると、「懐かしい」という感覚は私たちのこころの不安を鎮め、前向きな安らぎへと導く「癒し」のパワーがあると言えるのではないでしょうか。
この癒しの感情は、購買行動においてもポジティブな役割を果たします。
ある研究では、参加者に過去の思い出に浸る文章を書いてもらったあとと、未来の出来事を想像する文章を書いてもらったあとで、商品の支払い意欲を比較しました。
すると、過去に浸った参加者のほうが同じ商品に対して高い金額を支払ってもよいと回答したのです。別の実験では、子ども時代の思い出話をさせたあとのほうが、他者への寄付額が増えることも示されました(※6)。
こういった懐かしさと購入意思に関する6つの実験をまとめた分析において、郷愁を感じさせたグループは一貫して懐かしさを感じたほうが支払意思が向上することが報告されています。
この仕組みは、「懐かしい気持ち」にさせると目の前の金銭的な損失に関する執着や不安(損失回避バイアス)が薄れることで説明できます。ヒトは安らいだ気持ちになると、金銭的な損失にも寛容になれるのです。

川島隆太
医学博士。東北大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、講師、所長を経て、現在は同研究所の教授を務める。脳活動のしくみを研究する「脳機能イメージング」のパイオニアであり、脳機能研究の第一人者
(※1)Schellenberg, E. G., Iverson, P. & McKinnon, M. C. Name that tune: Identifying popular
recordings from brief excerpts. Psychon Bull Rev 6, 641–646 (1999).
(※2)Sauvé, S. A., Bolt, E. L. W., Nozaradan, S. & Zendel, B. R. Aging effects on neural
processing of rhythm and meter. Front Aging Neurosci 14, 848608 (2022).
(※3)Sedikides, C., Leunissen, J. & Wildschut, T. The psychological benefits of musicevoked
nostalgia. Psychol Music 50, 2044–2062 (2022).
(※4)Hennessy, S., Janata, P., Ginsberg, T., Kaplan, J. & Habibi, A. Music‐evoked nostalgia
activates default mode and reward networks across the lifespan. Hum Brain Mapp46, e70181 (2025).
(※5)Zhang, M. et al. Thalamocortical mechanisms for nostalgia-induced analgesia.Journal
of Neuroscience 42, 2963–2972 (2022).
(※6)Lasaleta, J. D., Sedikides, C. & Vohs, K. D. Nostalgia weakens the desire for money.Journal of Consumer Research 41, 713–729 (2014).