中学校における性教育は、学習指導要領のいわゆる「歯止め規定」により、性交渉や妊娠といった具体的な内容に踏み込むのが難しいとされている。一方で、性にまつわる情報はSNSなど中学生の周りにもあふれている。子どもたちはどのように正しい知識を学び、自分の身を守ればいいのか、保護者として悩ましい問題だ。 

千葉・木更津市の中学校で行われた特別授業
千葉・木更津市の中学校で行われた特別授業
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6月、千葉・木更津市立金田中学校では3年生を対象に”踏み込んだ”性教育の授業が行われた。「性教育では、性交渉や妊娠についてしっかり伝えなければ、自分を守る術を子どもたちに届けることができない。避けて通るべきではない」と話す、市内の産婦人科専門医・横須賀治子医師は「義務教育のうちにこそ伝えたい」として、今回の授業を実施した。 

確実な避妊=互いを守る手段 男女とも主体的に! 

「目の前に裸の赤ちゃんが現れたら、どうするか?」 
生徒たちを前に横須賀医師はこう問いかけた。 続けて「一人の命を育てる覚悟と準備がなければ、妊娠は避けるべき」と述べた。 

月経や射精が始まれば、誰でも妊娠する可能性がある。妊娠を防ぐ最も確実な方法は、男女共に「産み育てられる状況になるまで性交渉をしないこと」と横須賀医師は説明した。 初交年齢を遅らせると、性感染症や性トラブルのリスクが下がるとされ、性交渉を「しない」という選択が一番の「自分を守る手段」だという。 

横須賀治子医師
横須賀治子医師

そして性交渉の場において重要なのが、確実な避妊だ。   
横須賀医師は生徒たちに男性主体の避妊法であるコンドームと、女性主体の避妊法であるピルの併用を訴える。 また、膣外射精は避妊に効果がなく、コンドームは性行為の最初から着用すべきだと呼びかけた。 

「性的同意」とは対等な立場で相手の気持ちを確認しながら触れ合うこと 

将来、交際を始めたときにとても大切にしてほしいのが、「性的同意」だと横須賀医師は強調する。「相手の許可を得てから、段階をふんで関係を深めていくこと」が性的同意の基本だと生徒たちに説いた。 

授業では、「目と目が合う」など友人同士でも自然に起こる行為から始まり、親密な関係へと進む12段階のプロセスを、大きく4つのステップに分けて紹介。 (出典:デズモンド・モリス 親密さの12段階)
性交渉による性感染症や妊娠の可能性があることも含め、関係が深まるごとに確認すべきことが増えると伝えた。 

横須賀医師が授業で使用したスライドより
横須賀医師が授業で使用したスライドより

さらに授業では、過去に医師に寄せられた「性的同意」に関する質問例を紹介した。 

「先週は彼女が『キスしていいよ』と言ってくれたのに、今日しようとしたら『嫌だ』と言われました。なんでダメなのか、少しイラっとしてしまいました。これってどうなんでしょうか?」 

これに対する横須賀医師の答えは、はっきりとしたものだった。   

「今ダメなら、ダメです。OKな場面・場所・時間は変化します。 彼女は“あなたの所有物”ではありません。彼女のことは彼女にしか決定権がありません。 イラっとするほうが、おかしいです」 

このエピソードを通して、横須賀医師が強調したのは、「対等な関係」の大切さだ。 
「対等な関係」とは、嫌な時は拒否できる相手や状況であること、相手に遠慮せず自分の意見を言えること、などである。  
「こうした対等さがない関係が、性暴力を引き起こす」と警鐘を鳴らした。  

相手が望まない“性的なこと”は全て「性暴力」  

性暴力とは、「望まない性的な行為」のことだ。 

相手の同意が明らかに表明されていないのにもかかわらず、性的な言葉を言ったり、体を触ったり、見せつけたりするなど、性的な言動で相手を傷つけることはすべて性暴力にあたる。 横須賀医師は、「性暴力は性別に関係なく誰にでも起こりうる」と指摘する。 

たとえ交際している相手であっても、望まない性的行為があれば、それも性暴力とみなされるという。 
授業では「嫌なときは、どんな相手でも理由なくその場から逃げていい」と伝えられ、生徒たちも真剣に聞き入った。 

横須賀医師が授業で使用したスライドより
横須賀医師が授業で使用したスライドより

加えて、子どもが「何かおかしい」と感じたときに、安心して相談できる大人を3人、自分のなかでみつけておくことが、防波堤になると感じた。

歯止め規定がある中、「包括的な保健授業」  

専門家を招いた今回の授業を行った理由について金田中学の教諭に尋ねると、 「私たちだけではできないことをお願いしました。生徒たちに本気で届くところまでやってあげたい。しっかりと知識を身につけてもらうために、実施しました」と話してくれた。 

今回の授業は約100分間に及び、バウンダリー(境界線)は各々異なり、プライベートゾーンへの接触や同意のない行為は犯罪となること、男女の体の違いや妊娠の仕組み、性感染症、性の多様性など、性に関する幅広い内容が丁寧に伝えられた。 

また、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)は男子にも有効で、日本でも男子への接種の無償化が進められているという最新の情報も共有された。 

今回、実施された“踏み込んだ”性教育の授業は、従来の学習指導要領の枠を超え、性交渉や妊娠といった具体的な内容に踏み込むことで、子どもたちが自分の身を守るために必要な知識と向き合う機会となった。 

横須賀医師に話を聞く生野アナウンサー
横須賀医師に話を聞く生野アナウンサー

同時に、保護者世代にとっても、性に関する知識を更新する必要があることを改めて実感させられる内容だった。 

親も子も、性に関する正しい知識を持つことは、子どもたちの人権意識や将来の生き方にも深く関わる。義務教育の段階からこうした取り組みが行われる意義は大きく、今後の性教育のあり方を考える上でも注目される事例といえるのではないか。 

(取材・文=フジテレビアナウンサー・生野陽子)

生野陽子
生野陽子

フジテレビアナウンサー「FNN Live News イット!」(土、日曜)「有吉くんの正直さんぽ」などを担当。福岡県出身。2007年に入社後「めざましテレビ」や「笑っていいとも!」など情報番組、バラエティー番組を担当し、2014年から報道番組などを担当。趣味は旅行。