長崎県高総体バレーボール女子は、西彼杵が優勝し連覇を達成した。選手たちが真っ先に報告したのは4月に亡くなった前監督、井上博明さんだった。生徒たちの気持ちは一時ばらばらに離れた時もあったが、再び一つにできたのは井上さんが常に伝えてきた「真実(こころ)のバレー」を取り戻せたからだ。高総体までの2か月間のチームを追った。
伝え続けた「真実(こころ)のバレー」
西彼杵バレーボール部は井上さんの告別式の日も、練習を休むことはなかった。

選手たちは、今でも変わらず井上さんが使っていた椅子をコートのそばに広げて練習を始めている。

選手たちは「いつでも先生がここで練習を見てくれている感じがして、気合いが入る。先生は自分たちの中にあり続ける」と話す。
井上博明さんは佐世保市の九州文化学園でバレー部の監督を務め、チームを15回 日本一に導いた。まさに高校バレー界を代表する名将だった。

大切にしていたのは「真実(こころ)のバレー」 。役割を全うし、責任を果たし、仲間を思いやるという意味が込められている。技術面はもちろん、その技術を支える精神面の指導に力を注ぎ、「全員バレー」で強豪校に立ち向かった。

井上さんは九州文化学園を定年退職した2023年に西彼杵の監督に就任。2年目にチームを春高全国大会に出場させた。 「再び日本一を」と意気込んでいた矢先の2025年4月、下咽頭がんのため67歳で志半ばで亡くなった。
チームは低迷「伝説のレシーブ練習」が復活
県高総体の1週間前、チームは低迷していた。

エースの田中主将が4月の県春季戦で左足の小指を骨折して、戦線から離脱。 優勝を逃したばかりか、直後の九州大会でも予選敗退となった。大会を連覇して井上さんに報告したい気持ちを抱えながらも、ふがいない状態が続いていたのだ。
井上さん亡きあと、井上さんの元で27年間コーチを務めた出野(での)久仁子さんが監督に就任した。出野監督は、井上さんの他界とけがによるエースの不在が重なり、気付かぬうちにチームに広がっていた「諦めにも似た感情」を感じていた。監督は決心した。「今こそ“真実(こころ)のバレー”を取り戻すべきだ」と。

出野監督は選手と本気で向き合う決意で、とりやめていた伝統の「レシーブ練習」を復活させた。選手たちが頑張ろうともがいている姿に気づいていた出野監督は、かつて井上さんとレシーブ練習の必要性を語っていたことを思い出したのだ。
「今こそやらないと」。自分自身の気持ちも奮い立たせたと言う。レシーブ練習は休みなく1時間半続いた。厳しい練習を課すことで、気持ちが離れつつあった選手たちに何かしらのヒントを与えようとしたのだ。

レシーブ練習を重ねるうちに、選手たちの気持ちはだんだんと一つになっていった。田中主将は「たくさんの人が自分たちを支えて応援してくれている。高総体で勝ち進み、“自分たちは大丈夫です”と安心させたい」と、周りを気遣う気持ちを語った。
まさにそれは、役割を全うし、責任を果たし、仲間を思いやる「真実(こころ)のバレー」そのものだった。
高総体開幕 キャプテン不在で挑む
5月30日、高総体が開幕した。バレーボール女子3回戦、会場にはマネージャーをする田中主将の姿があった。 けがでコートに立つことができなかった主将に代わり背番号1をつけるのは、3年生の高見涼風選手(高ははしごだか)。田中選手が「やってくれると信じている」と最も信頼を寄せる選手だ。高見選手は「1年生がついてくるよう自分がスパイクを打ち、積極的に思いっきりやる」と話し、試合に臨んだ。

高見選手は南島原市出身。2人の姉が九州文化学園で井上さんの指導を受けていた。姉と同じように井上さんの教えを受けたいと、西彼杵バレーボール部へ入部。負けず嫌いで、かつてはチームメイトに厳しい言葉をかけてしまうことがあったが、今は下級生を引っ張る優しい先輩となった。

高見選手の母・千春さんは「西彼杵で心も鍛えられた。家族も仲間も大事にしないといけないという気持ちを持てるようになった」と、井上さんの指導のもとで成長した娘の姿を見守る。
3回戦はストレート勝ち。その後準々決勝、準決勝と、全ての試合をストレートで勝ち進んだ。
決勝戦 役割を全うしてボールをつなぐ
決勝戦の相手は、優勝候補を破り波に乗っている創成館。応援も迫力満点だ。圧倒されそうな勢いの中、西彼杵は「向こうの雰囲気にのまれないように。あっちの応援はこっちの応援!全部雰囲気よく!」と、円陣を組んだ。

西彼杵は高見選手にボールを集める。下級生がスパイクを決められないときに点をとるのは3年生の役目だ。予選敗退した九州大会では上がらなかったボールも、この日はつないでいく。

マネージャーを務める田中主将もベンチから声をかける。応援席から届く大きな声援。監督も選手たちを鼓舞する。

2セットを連取して優勝に王手をかけた第3セット。その勢いは止まらず、25-16。ついに西彼杵の優勝が決まった。

井上さんが伝え続けた「真実(こころ)のバレー」で連覇を実現させた瞬間だった。
関わってくれた全ての人に感謝
試合後、選手たちは興奮していた。「不安を全部出しきれて楽しかった。みんなとバレーができて、出野先生と井上先生と勝つことができてよかった」「いろんな人にありがとう。今まで関わってくれた人、たくさんお世話になった人にありがとうと思った」と、口々に安どの気持ちを語った。

田中主将は「井上先生は常にいる。見てくれていると思ってやってる。先生もちょっとは安心してくれたかなと思う」と、穏やかな表情だった。

出野監督も涙だった。「多分まだまだって言われるけど、井上先生に“勝ったよ”って言いたい」 と、優勝に胸をなでおろした。

念願だった井上さんへの優勝報告。 選手も観客席も喜びを分かち合った。
優勝のその先 目指すは日本一
田中主将が見せてくれたのは、毎日綴っている「バレーノート」だ。試合の感想や反省点が細かく具体的に書かれている。

「この勝ちは自信にしても満足にはしない」「毎日の積み重ねがここぞの1本につながる」「もっともっと、まだまだって気持ちで練習していく」
「井上先生が言ってくださったことを思い出して、言葉を大事にして、毎日の練習からやっていきたい」と話す田中主将の目は、すでにインターハイに向けられていた。
西彼杵が目指すのは日本一。 この目標を達成したときに、井上さんへ初めて本当の報告ができると思っている。

「真実(こころ)のバレー」。選手たちは亡き監督の教えを胸に、8月5日、岡山県で開幕するインターハイに挑む。
(テレビ長崎)