発信源はSNS

先週のこのコラムで「フェイクニュース(偽ニュース)のタネが尽きないのは困ったものだ」と書いたばかりなのに、また取り上げる羽目になってしまった。今回の「フェイクニュース」の発信源はSNSだった。
 

「少年が原住民に嫌がらせ」?

写真:KAYA TAITANO
写真:KAYA TAITANO
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18日、@2020fightというアカウント名のツィッターに約1分の動画とコメントがアップされた。その動画はワシントンのリンカーン記念堂付近で撮影されたもので、トランプ大統領のスローガンである「米国を再び偉大に」と白字で染め抜いた赤い帽子を被った少年と高齢の米国の原住民が身体が触れるほどに近づき、原住民が太鼓を叩いてなにやら詠唱しているものだった。

問題になったのはそのコメントで、こうあった。

「トランプ支持の赤帽を被った負け犬は、薄笑いを浮かべながら“Indigenous people March (先住民マーチ)”に参加して抗議するNative American(米国の原住民)に嫌がらせをした」

そのコメントからは、懸命に地位向上を訴える原住民の高齢者の目の前にトランプ支持の少年が立ちふさがり、薄笑いを浮かべて邪魔をしているように見えた。

この動画はその日のうちに250万回再生され、14400回リツイートされてマスコミも大きく取り上げた。

少年を悪者にして報じたマスコミ

インタビューを受ける高齢の原住民
インタビューを受ける高齢の原住民

「トランプ支持の帽子を被った少年が高齢の原住民に嫌がらせ」(ニューヨーク・タイムズ紙)

ワシントン・ポスト紙はその高齢の原住民にインタビューをし、彼がかつてベトナム戦争にも参加した海兵隊出身のネーサン・フィリップス氏であることを紹介すると共に「私は怖くなったのでそこを出ようとしたが、少年は私の行く手を遮って出させなかった」という談話も掲載した。

一方の少年はケンタッキー州のコビントン・カトリック高校の二年生のニック・サンドマン君であることが分かり、彼を非難する声が有名人のツイートなどで相次いで発信された。

「あの赤いトランプ支持の帽子は現代の(黒人排撃過激派KKKの)白い頭巾と同じだ」(女優のアリッサ・ミラノさん)



「トランプ支持の帽子のガキ、泣き叫べ、その帽子から先に木材粉砕機の中に突っ込んでやる」(映画「美女と野獣」のプロデューサーのジャック・モリッセイ氏)

 
 

こうした非難の嵐に晒されてコビントン高校までが謝罪してしまった。
「生徒のとった行動はカトリック教会の教えにそぐわないものでした。高校としては調査を行い退学処分を含む措置を講じます」

真実は・・・

別の角度から捉えたサンドマン君とフィリップ氏
別の角度から捉えたサンドマン君とフィリップ氏

ところがである。この場面は他にも撮影した者がいてSNSにアップされたが、それに写っていたのは原住民のフィリップ氏の方がサンドマン君の方に向かってゆき威圧するように目の前で太鼓を叩いて詠唱をする姿だった。

サンドマン君も声明を発表し、その時は現地でのカトリック系の集会が終わってバスを待っていると、フィリップ氏が明らかに自分を目指してやってきて目の前で太鼓を叩き始めた。自分はあえて対決するのを避けるためにただ微笑んで立っていただけだったと述べた。

またフィリップス氏についても、実はベトナム戦争に参加したことがないばかりか海兵隊で三回逃亡罪で処分され、民間でも数々の逮捕歴があることが分かり、その証言の信憑性も薄まることになった。

結局サンドマン君に対する嫌がらせの嫌疑は晴れることになり、彼を非難した高校やモリッセイ氏も謝罪を表明したが、マスコミの中にはこれを書いている時点ではまだ訂正報道は見られない。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【イラスト:さいとうひさし】

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木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。