グラウンドに響き渡る大きな日本語

「今、負けてるじゃん!いいんだよ!負けても別に!じゃあ点差がついたからって諦めるのか?今日やっているトレーニングを最後までやるんだ!」

12月上旬、中国南部の雲南省のトレーニングセンターには大きな日本語が響き渡っていた。

中国16歳以下の代表選手たち
中国16歳以下の代表選手たち
この記事の画像(9枚)

鋭い目線の先にいるのは中国各地から集められた少年たち。彼らは中国サッカー界の未来を担う16歳以下の代表選手たちだ。

日本人として初めて年代別代表監督に

2024年2月、中国サッカー協会は上村健一氏を16歳以下の代表チームの監督に招聘すると発表した。上村氏は日本のJリーグのサンフレッチェ広島でキャリアをスタートさせ、オリンピック代表や日本代表の経験もある。現役引退後は指導者の道に進み、日本や中国の育成年代のチームで結果を出してきた。

なぜ、日本人の上村氏が中国の年代別代表監督に任命されたのか?そこには中国サッカー界が課題とする「中長期的な育成年代の指導」が関係している。中国ではチームの監督に何よりも求められるのは「結果」であり、若い育成年代であっても勝利至上主義が蔓延している。このため、体の大きい子供、足の速い子供が優先して試合に出るようになり、サッカーの技術そのものを取得する指導に時間が割かれることは少なかった。

「技術ベースの指導理念」を掲げる中国サッカー協会

こうした中で、2024年10月に新たに中国サッカー協会のトップに就任した宋凱会長は「技術ベースの指導理念」を掲げ、中国サッカー界に変革を起こそうとしている。

中国サッカー協会のトップ宋凱会長(2024年12月)
中国サッカー協会のトップ宋凱会長(2024年12月)

その一連の改革の中で日本人の上村氏が抜擢された。

練習の説明をする上村監督
練習の説明をする上村監督

中国ではこれまで年代別も含む代表監督に欧米の指導者を抜擢することはあったが、日本人が正式な監督として代表チームを指揮することはなかった。

政治面では時として反日感情が根強い中国で、未来の中国代表を担う若い選手を指導する上村氏に監督就任の経緯や、中国サッカー界の現状を語ってもらった。

上村健一監督
上村健一監督

信じてくれた中国サッカー界に全て出し尽くす

ーーどのような経緯で中国16歳以下の代表チームの監督に決まりましたか?

2020年から中国で育成年代の指導をしてきました。その中で目の前の選手たちに自分が必要だと思うことを提示しそれを続けてきました。そういった中で中国の全国大会で3位という数字的な結果が出たことも、中国サッカー協会の方が選ぶ理由の1つにあったのかなと思います。

ーー監督の話が来た時は即決しましたか?

少し悩みました。自分1人で出来る仕事ではないですし、サポートしてくれるコーチングスタッフや通訳の存在もそうですし、そういった部分が整理されるかどうかというのは大きな要素なので、中国サッカー協会とはゆっくり時間を掛けて話をさせてもらいました。ただ最終的には自分にとっても良い勉強になるだろうというところも含めてチャレンジしてみようと思いました。

ーー一方で、中国サッカー協会の立場から見ると日本人を代表監督にするというのは難しい判断があったと思いますが、どう感じていますか?

政治的や歴史的な背景など色々なものを考えると難しかったと思います。このため、そこに僕を信じて雇用して頂いた中国サッカー協会や、担当者の方に返せるのは僕が持っている100%を選手のために尽くすことです。これを契約期間内に全て出したいです。

中国社会や国民性がサッカーにも影響

ーー中国の選手にはどのような印象を持っていますか?

選手の特徴という部分で考えると、選手一人一人の実行力というものは高いレベルにあると思います。選手に提示したことに対して、選手は愚直に実行しようとしてくれますし、その部分は本当にすごい能力だなと思います。身体能力自体も日本人を比較対象とするならば、日本の同年代の子よりもフィジカル的な要素は高いと思っています。

中国16歳以下代表の選手(提供:中国サッカー協会)
中国16歳以下代表の選手(提供:中国サッカー協会)

ただ、その能力を100%生かしきれているとは言えないので、その辺を小さい年代から改善していけばもっと良くなり、中国サッカー界にとって良い選手がたくさん出てくると思います。

ーー中国選手の「良い面」と「悪い面」はどのようなものが挙げられますか?

良いところは実行力だと思います。本当に選手は指導者が提示したものに対して真剣に取り組んでくれますし、最後までプレーしてくれるところは高く、そしてフィジカル的な要素も高いレベルにあります。

中国16歳以下代表の選手(提供:中国サッカー協会)
中国16歳以下代表の選手(提供:中国サッカー協会)

マイナス部分を言うと、その高い能力を100%生かしきれていません。もう一つは指導者が提示したものには実行してくれますが、自分で自発的に選んでプレーを選択していくというところが少し足りないのかなと思います。

ーーそれは中国の社会や国民性が影響していると考えますか?

大きく影響していると思います。子供たちは周りの大人に準備されて、それをやってきたことが多かったので実際に選手たちが自分で考え、選んでいくことが最初は苦手でした。それが全て悪いことではないと思いますが、そこを改善しようと時間を掛けています。良い方法を見つけてそれぞれの選手たちに合ったものを提示していきます。時間を掛けて選手たちに継続して伝えていけば改善されると思っています。

中国サッカー界はポテンシャルの塊

ーー日本人として意識している事、グラウンドでの指導、言葉の掛け方などはありますか?

中国のサッカー市場というものは、岡田さん(※岡田武史元日本代表監督)に拓いて頂いたものだと思っています。

サッカー男子日本代表監督も務めた岡田武史さん(2011年12月26日:中国スーパーリーグ・杭州緑城の監督就任会見)
サッカー男子日本代表監督も務めた岡田武史さん(2011年12月26日:中国スーパーリーグ・杭州緑城の監督就任会見)

岡田さんに対して泥を塗るわけにはいきませんし、今後はさらに色々な日本人指導者が中国に入ってくると思いますが、そういう時に自分が道を閉ざすことはしたくないです。

日本と中国は同じアジア圏として切磋琢磨して良い影響を与え続けると、最終的にはお互いが良い方向になっていくと思います。そういったものを築くためにも一人の日本人として「自分だけが」という自分軸ではなく、他人軸で物事を考えながら指導をやっています。声掛けの部分で言うと、どちらかで言うと選手たちは委縮することが多いので気を付けなければいけないのですが、僕自身の指導のスタイルとして、「良いものは良い、悪いものは悪い」でしかないので、それを明確にして選手が発信しているものに対して公平にジャッジをするということに気を付けています。

ーー現在の仕事が評価され、中国のA代表の監督のオファーがあった場合はどのように受け止めますか?

その時に自分が本当に値する力があるのかということ、人間性を持ち合わせているのかというものをしっかりと自分の中で判断して、その時に決めたいと思います。ただ僕がやるべきことは、もしA代表になろうが、16歳以下の代表監督だろうが、街クラブに行こうが、どこに行こうが同じであって、目の前の選手に自分ができるサポートを一生懸命やるだけです。ただ自分ができることを選手のために出来るサポートを100%やるということだけです。

試合中、選手に指示を出す上村監督(提供:中国サッカー協会)
試合中、選手に指示を出す上村監督(提供:中国サッカー協会)

ーー中国サッカー界の未来をどのように見ていますか?

中国サッカー界に関わる皆さんが夢を持ってやれば明るいと思います。僕自身は楽観的な人間なので明るいと思っています。

ーー中国の代表チームは将来、日本のライバルになり世界の強豪国を驚かせるチームになると思いますか?

その可能性を持ち合わせている子供たちがたくさんいるので、育成年代から良い指導を受けて、良い時間を過ごしていけば、世界を驚かせる時は早く来ると思います。中国は人口が14億人いて圧倒的に広い国土があるので、ポテンシャルの塊だと思っています。

今自分が指導している選手たちには毎日を大切にして、5年後なのか6年後なのか10年後なのかは分からないけど、なるべく早い段階で自分が国を背負って、自分が中国代表をワールドカップに連れて行くんだという思いで臨んでほしいと思います。

ーー上村監督の想いは選手たちに届いていますか?

分かりませんけど(笑)、自分をうるさい親父だなと思って選手たちは歯を食いしばってやっていますね。

取材中、上村監督はグラウンドを精力的に動き回り、気付いた点を選手一人一人に細かく伝えていた。練習中、時として強い言葉が選手に向けられることもあったが、そこには「選手たちを成長させたい」という圧倒的な情熱を感じた。

中国代表チームがアジアを越えて世界を驚かせる日は来るのか。上村監督の挑戦は始まったばかりだ。
【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳】

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。

フジテレビ
フジテレビ

フジテレビ報道局が全国、世界の重要ニュースから身近な話題まで様々な情報を速報・詳報含めて発信します。

国際取材部
国際取材部



世界では今何が起きているのか――ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、パリ、モスクワ、イスタンブール、北京、上海、ソウル、バンコクのFNN11支局を拠点に、国際情勢や各国の事件・事故、政治、経済、社会問題から文化・エンタメまで海外の最新ニュースをお届けします。