富山県富山市のバス製造会社で、「技術コンテスト」と呼ばれる初の試みが行われた。製造業の生命線ともいえる生産ラインを完全に停止させてまで開催された理由は何か。会社を支える"人"に焦点を当てた新たな取り組みに迫る。
工場のラインをあえて止めた技術コンテスト
「いろんな人といろんな話をして、いろんな経験を積んで、より一層働きやすくて楽しい会社にしていく。その一助になれば」
富山市に本社を置く三菱ふそうバス製造の藤岡佳一郎社長はこう語る。設立は1950年、年間売上高276億円を誇る同社は、大型・小型問わずバスの受注生産に対応する県内唯一の工場を持つ。

普段は活気に満ちた生産ラインだが、この日ばかりは完全にストップ。従業員たちは食堂に集まっていた。

初めて実施されたのは、職人がバス製造の技を披露する「技術コンテスト」だ。正社員と派遣社員合わせて400人余りが28チームに分かれ、溶接、塗装、検査などバス製造に欠かせない技術やゴミの分別、重量目測、会社知識などチーム力を要する9つの競技に臨んだ。
専門外の技術に挑戦、部署を超えた交流

検査の競技では、タイヤのホイールナットに亀裂が入っていないか、緩んでいないかをハンマーで叩き、音で聞き分ける。普段は塗装が専門のチームも挑戦していた。

「非常に難しかった。やったことがないので」「みんなと話せる時間があるのは楽しい」と参加者は口々に話す。

重量目測の競技では、大型バスに搭載されるラジエーターと冷却水タンクの重さを見た目だけで判断。手で持つ前に重さを的確に予想する能力は、作業中のけが防止にも役立つという。「ピタリ賞いけると思う」と自信を見せるチームも。

まるで会社の運動会のような光景。製造業の生命線ともいえる生産ラインを止めてまでなぜこのイベントを開催したのだろうか。
コロナ禍で顕在化した人材確保の課題

「正直1日分の売上が無くなるので厳しいのは覚悟の上。社員にいかに働きやすい環境を提供できるか、その中の要因として人間関係、働きがいを全員が感じられるようにあえてラインを止めてイベントをやろうと決めた」と藤岡社長は話す。

現在約550人が働く同社だが、バスの受注が減少したコロナ禍には、先行き不安から従業員が相次いで離職。1年で50人以上が会社を去った。さらに製造業へのマイナスイメージもあり、採用の重きを置く高校生からは就職先として敬遠される傾向にあり、人材確保が難しくなっているという。
「働きがい」を高める環境づくりへ

こうした状況を打開すべく、会社への愛着意識、エンゲージメントを高め、職人の離職防止に向けた取り組みとして開催されたのが今回のコンテスト。参加した従業員は和気あいあいとした雰囲気の中で、同じ職場で働く仲間の仕事への理解を深め、チームワークを高めていた。

「今回のイベントも毎年やっていくことで社員の働きがいにならないか。離職してしまうというのが一番悲しいこと。貴重な人材をいかに流出させないかということに重点を置いて会社の投資、採用の施策を展開している」と藤岡社長は力を込める。

技術を身につけた職人が育つには時間がかかる。同社では、この技術コンテストだけでなく、休憩所などの設備更新も積極的に進め、働きやすい職場づくりに取り組んでいる。
人口減少、少子高齢化が進む今、企業にとって従業員に「長く働いてもらう」工夫は欠かせない。バスを製造する技術と同様に、人を大切にする「技」もまた、企業の持続可能性を左右する重要な要素となっている。