選挙戦の新たな対立軸

「ギンズバーグ(最高裁判事)の死は、ただでさえ混沌としていた大統領選をさらなる混迷に陥れた」

19日、NBCニュースのニュースサイトはこういう見出しで、今の米国の政治状況を伝えた。

死去したルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事
死去したルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事
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かつてない混戦と言われている今年の米大統領戦だが、18日ルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事が死去しその後任人事をめぐる問題が選挙戦の新たな対立軸になり、状況が一変したという。

トランプ大統領は「直ちに後任を指名する。おそらく女性になるだろう」と言明、指名を承認する上院で多数派の共和党のミッチ・マコーネル院内総務も「速やかに投票にかける」と言っているので、共和党側は11月3日の大統領選までに新判事を承認する意向だ。

ギンズバーグ氏(前列右から2番目)を含む9人の最高裁判事 ~アメリカ最高裁HPより~
ギンズバーグ氏(前列右から2番目)を含む9人の最高裁判事 ~アメリカ最高裁HPより~

一方民主党側は、ギンズバーグ判事の死で最高裁判事は保守派5人対進歩派3人となるので、もう一人保守派が増えることは認めるわけにはゆかない。選挙前の承認審査には断固反対の立場をとり、共和、民主両陣営は最高裁判事任命をめぐって対決が深まると考えられる、

現在上院の議席は共和党53人対民主党47人。共和党内にはリーサ・マーカウスキー上院議員(アラスカ州選出)のように「投票日前には承認の投票はしない」と言明しているものもいるが、例え脱落者が3人になっても議長のペンス副大統領が賛成票を投ずれば承認されることになる。

また、マーカウスキー議員の「投票日前には」という発言には含みがある。上院議員の任期は来年1月3日まであるので、共和党が慎重派に配慮して承認投票を11月3日の選挙以後にすることもできるからだ。

民主党の対抗策「ウルトラC」

一方の民主党側では「ウルトラC」級の対抗策も検討されている。

下院司法委員会の民主党のジェロルド・ナドラー委員長が「もし共和党が承認を強引に進めるのであれば、下院が最高裁判事の定員を増やすことから始めなければならない」と言った。これは、民主党多数の下院が最高裁判事の定員を増やして対抗することもできるというものだ。

また下院民主党のナンシー・ペロシ議長も、上院の承認審査を妨害するために、トランプ大統領に対する弾劾を改めて発議することを示唆した。

ナンシー・ペロシ下院議長
ナンシー・ペロシ下院議長

さらに合法的な対抗策とは別に、放火などの暴力手段を正当化するツイッターも飛び交い始めた。

作家で、CNNのドキュメンタリー番組にも出演しているレザー・アスラン氏は「もしギンズバーグの代わりを決めようとするなら、みんな燃やしてしまうぞ」とツイートした。

レザー・アスラン氏のTwitterより
レザー・アスラン氏のTwitterより

またカナダのウォータールー大学のエミット・マクファーレン教授も「トランプが最高裁判事を任命する前に議会を燃やしてしまえ」とツイートしている。両氏が自ら放火しなくとも、彼らオピニオン・リーダーの過激な言葉に刺激されて現実に暴力的な抗議行動が起きることも予想できる。

エミット・マクファーレン教授
エミット・マクファーレン教授

 いずれにせよ、米大統領戦の行方を予測するにはより多角的な目配りが求められるようになってきた。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン+図解:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。