日本のスーパーエースとして活躍した元バレーボール選手、中垣内祐一さん(57)。東京五輪で日本代表の監督を務めた後、地元の福井に戻り実家の農業を継いでいる。農家に転身して3年。コメ不足や価格高騰など、日本のコメづくりの現状をどう見ているのか、密着取材した。

バレーボール界の大スターが農家に転身
4月29日、福井市内の作業場を訪ねると、中垣内さんがコメの種まきをしていた。
中垣内さんといえば、バルセロナ五輪をはじめ数々の国際大会に出場した90年代を代表するバレーボール界のスーパーエース。引退後は全日本の監督も務めた、バレー界のレジェンドだ。そんな輝かしいバレーボール人生の一方で、常に公言していたことがある。それは、50歳をめどに実家に戻り農家を継ぐということ。
「田舎の長男という生まれ育ちだから…ドラマは何もないですよ」と淡々と語る。地元でコメ農家となって3年、「日々挑戦をしていいものにしていくという、トライ&エラーの繰り返し」だという。
3月下旬から始めた種まきはこの日が最後。一日がかりの作業だった。

6品種のコメを栽培
ゴールデンウィーク最終日の5月6日。中垣内さんの姿は田んぼにあった。「きょうは1日代かき、田植えの準備です」とトラクターに乗り込む。
水を張った田んぼで土を細かく砕き、丁寧にかきまぜて表面を平らにする田植え前に欠かせない作業だ。
農業法人を経営する中垣内さんは、福井市宮ノ下地区の約30ヘクタールで今シーズンは6品種のコメを育てている。多品種にしている理由は「同じ品種にすると、田植えも刈り取も同じ時期になってしまうので、段階的にできるように時期をばらけさせている。刈り取る時期が重なって時期を逃すとしまうと、すぐにダメになってしまうので」という。

生産コストの上昇に農家は悲鳴
収穫したコメは、JAにはあまり出荷せず、直接販売することを第一に考えている。「営業もします。お客さんの顔が見える方が我々としては声も聞けるし嬉しいので」とやりがいを感じる一方で、農家を取り巻く環境は、この3年で一気に厳しくなったと話す。「灯油1.5倍、肥料は2倍。資材関連も軒並み全部値上がりしている。このあたりの田んぼはサラリーマンとの兼業でやっている人がほとんどだし、赤字になるようなケースが多い。重機を一つ買おうと思っても小さい農家では買えない。そういった意味では何らかの政策は必要じゃないか」
点在する田んぼを従業員と手分けしながら、代かきの作業は日没の午後7時頃まで続いた。

大学教授と農業の両立
翌日、中垣内さんの姿は大学の教壇にあった。地元、福井に戻ったタイミングで、福井工業大学で教授も務めている。「スポーツと健康に関する分野を教えている。農業との兼業ができるということで引き受けた」という。
平日は大学教授、休日は農業という兼業農家だ。
中垣内さんは、高騰が続くコメの価格にいて「対岸の火事というか…生産者と関係のないところで、どんどん価格が上がっているという面では不安ですね」と話す。
4月末にJA福井県が、2025年産コシヒカリを集荷する際に農家に前払いする「概算金」を1俵(60キロ)当たり2万2000円という額を明示したことについては「通常は9月に入ってから出てくる金額が、4月の終わりに出ているのは、JAにコメが集まらなくて大変で早めに出したのだと思う。それでもJAには(コメは)集まらないと思います。世の中、もっと高くなると思う。今年も高くなるんじゃないですか」と指摘。

「レベルの高いコメ農家に」
5月11日、いよいよ田植え。どんな品種を植えているのか尋ねると…「カリフォルニア米です!ふふふ…いえいえ『ふくむすめ』です」。地元の福井県立大学が開発した品種「ふくむすめ」。中垣内さんは地元への貢献の思いも込めて“地元発”の品種も手掛けている。
颯爽と田植え機を走らせる中垣内祐一さんに、農家として目指すことを聞いた。「ちゃんと美味しいと思ってもらえるものを作り続けたいですね。ミシュラン三ツ星のコメ農家!それはないかぁ。でも、レベルの高いコメ農家になりたいですね」と力を込めた。
「美味しく育て」そんな思いを込めて。中垣内さんの田植えは5月末まで続く。
