昭和元年から100年 目まぐるしい変化のなか生きてきた100歳女性

2025年は1926年の昭和元年から100年の節目。

岡山・香川の100年を振り返ると、昭和20年までは戦争の時代だった。多くの人が戦地に駆り出され犠牲となり、岡山市や高松市もアメリカ軍による空襲で焦土と化した。

敗戦後、復興の道を進み、倉敷市の水島臨海工業地帯の開発による重工業化、山陽新幹線や瀬戸大橋の開通など、地域経済は様変わりした。

一方、修学旅行生ら168人が犠牲となった、玉野市と高松市を結ぶ国鉄の宇高連絡船、紫雲丸の沈没事故(1955年・昭和30年)や香川県の豊島での大規模な産業廃棄物の不法投棄事件など地域に暗い影を落とす出来事も。

昭和は64年で終わり平成、令和へと続くが、経済の長期低迷、阪神淡路大震災、東日本大震災、そして新型コロナ禍など様々な出来事があった。

目まぐるしく変化した世の中で、市井の人たちは、どのようにして生きてきたのか。100歳となった総社市の女性を通して振り返る。

最相縫子さん(100)
最相縫子さん(100)
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