難病ALSを抱え、徐々に進む病状を感じながら合唱部の顧問を務める小学校教諭。妻に支えながら、3年連続全国大会に導いた男性教諭と教え子達との絆に密着した。
校内に美しい歌声を響かせる北九州市立日明小学校の合唱部。3年連続で全国大会出場を果たし、今や福岡県内屈指の強豪校だ。

顧問を務めるのは、竹永亮太先生(35)。3年前から合唱部を率いる竹永先生は、ユーモア溢れる指導法で子供たちから大人気の存在だ。

「竹永先生がいたら、明るくなって歌いたくなる」「先生がいるからこそ合唱が楽しくなる」と口々に語る部員達。しかし、その笑顔の裏で、竹永先生は、難病に悩まされている。
遺伝性の難病ALSと診断されて…
「2028年の1月に遺伝子検査を受けていたのが返ってきて、その結果、遺伝子に異常ありということで、これから病気の症状が出て来るかもしれないと…」と話す竹永先生。28歳の時に国指定の難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された。

全身の筋肉が徐々に動かなくなる原因不明の病気だ。しかも、竹永先生は、患者の中でもわずか1割ほどしかいない遺伝型の「家族性ALS」。小学2年の時、母親の秀美さんもALSを発症していて、その時初めて、“遺伝する病”だと知ったという。

「母はずっと、自分に対して、申し訳ないと思っていると思う。病気だから不幸じゃないということは、自分の姿で、言葉で、これからも伝え続けようと思います」と話す竹永先生。

入籍2カ月前に難病診断…妻の決断
竹永先生がALSと診断されたのは、入籍のわずか2カ月前のことだったという。病気のせいで、「結婚が無くなるのが普通だと思っていた」と当時を振り返る竹永先生。

妻の三央さんの存在は、凄く心強い存在だ。「こんなに支えてもらっているから、妻には本当に感謝しかない。1人で病気と向き合っているのと、2人で一緒に闘おうって言ってくれる人がいる人生というのは、大きく違ったと思う」と心からの感謝を口にする。

しかし、遺伝型のALSという病気は、やはり重い現実だ。「妻は子供が欲しいと思っていた。自分は、やっぱり不安があった。母もそうでした。子供は真剣に考えた方がいいと。自分が気にしているのは、自分の介護と子育てが重なった時、妻への負担がですね…。僕もだんだん動けなくなってきているし…」。

新薬「トフェルセン」に希望の光
そんな中、一縷の希望の光が2人に差し込んできた。竹永先生は、国内で初めてのALS治療薬「トフェルセン」の治験を受けられることになったのだ。2024年8月2日、鹿児島市の大学病院を訪れた竹永先生。無事に治療を終え、同行した妻の三央さんにも笑顔がこぼれる。

「まさかこんなに早く、新薬を使えると思っていなかった。体が動けるうちに使わないといけない薬を、こんなに早く使わせてもらえることに、本当に感謝しています」と竹永先生も明るい気持ちで前を向く。
4か月後の2024年12月、治療薬「トフェルセン」に国内での製造販売が承認された。これにより、竹永先生は、地元、北九州市の病院でも治療を受けられるようになった。

新薬が認可されたことについて、ALSの権威である東北大学病院神経内科の青木正志教授は、「かなり希望がもてる薬になると思う。竹永先生の場合は、多分10年20年かけて病状が進んでいくんだと思う。だからこそ、『トフェルセン』を使うと、あまり病状が進まない状況をずっと維持できる可能性があると思う」と期待を寄せる。
合唱と教え子達が生きる原動力
教え子たちの歌声から生きる気力をもらい、教師を続けることを選択した竹永先生。「合唱に思いっきり打ち込んでいる時間は、病気であることを忘れさせてくれる瞬間」と語る。

無我夢中で合唱部と駆け抜けた3年間。

全国大会出場という子供たちの夢を3年連続で叶えることができた。「2022年金賞。2023年金賞。2024年銀賞」―

そして、訪れた春の「別れ」― 合唱部を引っ張ってきた6年生たちが、学び舎を巣立っていく。

「大好きです、竹永先生!先生が教えてくれた音楽の素晴らしさ周りの人を大切にする気持ちを忘れません。ずっとずっとお元気でいて下さい」「在校生のみんな、竹永先生を来年は、みんなで支えてあげて下さい。竹永先生、本当にありがとうございました」。

「あの子たちが、いろんな力を貸してくれて、いろんな経験をさせてくれて、きっと1人じゃいけなかったところに連れて行ってくれたから。合唱とあの子たちが人生を変えてくれた」と竹永先生も教え子たちに心からの感謝を伝える。

原因不明の病と闘いながら子供たちと奏でた「1095日」の軌跡。竹永先生と合唱部の生徒たちは、共に成長し、支え合いながら夢を叶え、新たな目標へと歩みを進める。
(テレビ西日本)