ソウル市鍾路区の北村韓屋村は韓国の伝統家屋が多い観光地で、人気のカフェなどが立ち並んでいる。最近、ここがK-文化でもK-フードでもない「K-分断」の現場と化しているという。

「K-分断」現場と化す観光スポット北村韓屋村(資料)
「K-分断」現場と化す観光スポット北村韓屋村(資料)
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付近に韓国の憲法裁判所があり、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領弾劾の是非を訴える保守派と進歩派がともに過激化しながら自陣営の主張を展開し、相手陣営を攻撃しているからだ。

その憲法裁近くを3月22日訪ねた。普段は観光客でにぎわう通りの両側にはバスがびっしり停車し、視界を塞いでいる。バスのすき間から、わずかに「憲法裁判所」の看板が確認できた。至る所に警察官が配置され、不審者に目を光らせている。

憲法裁判所前に配置された警察官
憲法裁判所前に配置された警察官

憲法裁判所には近づけないものの、周辺には個人で弾劾反対を訴える演説をしたり、プラカードを掲げるなどして抗議活動をする人もいる。

その様子を携帯電話で撮影している時だった…

バスの隙間からようやく見えた憲法裁判所の看板
バスの隙間からようやく見えた憲法裁判所の看板

「あんた!何撮ってるのよ!」

声の方向を見ると、中年の女性が険しい顔で文句を言っていた。あっけに取られていると、警察官の1人がすぐにやってきて「早く向こうに行ってください」と言いながら、その女性から私を引き離した。

彼らにとって私は「自分たちの行動を記録する敵対陣営の回し者」と映ったのだろうか。部外者に対する強い敵意――これをまざまざと見せつけられた。

周囲を見渡すと、路上のあちこちで大声を上げて抗議したり、通行人同士が小競り合いになったりしていた。尹大統領への弾劾に対する怒りなのか、社会に対する不満なのか……。一触即発のピリピリした雰囲気が充満していた。

警察官にもストレス

数日前に、野党「共に民主党」の議員らが憲法裁判所の前で大統領罷免を要求する記者会見を開いた際、「生卵」が投げつけられ、議員の1人を直撃する騒動があった。

野党側は「警戒態勢に落ち度があった」として警察に対する抗議行動を展開。警備が強化されデモ隊への規制が強まると、今度は尹大統領支持派と警察の対立が激化し始めた。

一部が警察官に「職位と姓名を明らかにせよ」「あなたが誰なのか記録する」などと詰め寄り、スマートフォンで撮影する行為が横行しているという。このためもあって現場に配置された警察官のほとんどが黒いサングラス、黒いマスクで顔を覆い、個人を特定されないようにしていた。

個人を特定されないよう顔を隠す警察官
個人を特定されないよう顔を隠す警察官

警察関係者によると、集会やデモの現場で参加者に対して警察官が所属や氏名を明らかにしなければならないという決まりはない。

だが、保守派の集会でデモ隊から「名前を言え」と迫られ答えないでいると、「中国の警察か」「習近平の悪口を言え」などと絡まれる。警備する側もストレスが絶えないわけだ。

尹支持派(保守派)が掲げる韓国太極旗とアメリカ星条旗
尹支持派(保守派)が掲げる韓国太極旗とアメリカ星条旗

ちなみに、尹大統領支持(弾劾反対)の陣営では「CCP (中国共産党)  OUT」「李在明(最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン代表)はパルゲンイ(共産主義者)」などのスローガンが使用され、中国や共産主義が攻撃対象とされている。

一方でトランプ米大統領には強い支持と共感を示す。尹支持派のデモ行進では太極旗と星条旗の両方を手にして「STOP THE STEAL」の垂れ幕も掲げられていた。

「STOP THE STEAL」の垂れ幕を掲げる尹支持派
「STOP THE STEAL」の垂れ幕を掲げる尹支持派

「STOP THE STEAL」は2020年の米大統領選でトランプ支持派が敗北を認めず、「不正選挙」として抗議した際のスローガンだ。

個人・小人数も自己の主張

警察官が神経を尖らせるのは、尹大統領の弾劾訴追に対する判断が示された際、こうしたデモ隊が憲法裁に突入する可能性に警戒しているためだ。現に、尹大統領の逮捕状発付したソウル西部地方裁判所には一部の支持者が乱入し、大きな騒動に発展している。

憲法裁から少し離れた場所で保守派集会の様子を見守った。

参加者は男女とも高齢者が目立ち、その間に若者の姿も散見された。警察が治安維持のため憲法裁につながる道路を封鎖すると、参加者の中には「なぜ入れないのか」と抗議する人の姿も見られた。携帯電話を手にユーチューブで生放送をしたり、訪れた人にインタビューしたりするユーチューバーの姿も目についた。

「このままで行ったら国が亡びる。そんなこともわからない奴らを許していいのか」

1人でデモをする人
1人でデモをする人

メガホンを手に罵詈雑言を織り交ぜながら演説している若者がいた。街頭に出る人たちは、伝統的な保守派に限らない。個人や小人数で自分たちの主張を訴える人もかなり多い――という印象を受けた。

「敵・裏切り者」に「踏み絵」

憲法裁判所から安国駅を経て光化門へと向かう道のりには、韓国の分断を象徴するかのような混沌とした風景が広がっていた。

安国駅の出口近くにある日本人観光客にも人気のベーカリーカフェ。店外のベランダ席でカフェを楽しむ人々のすぐ脇で、今度は弾劾賛成集会の参加者たちがシュプレヒコールを挙げていた。同じ場所にいながら全く異なる行動を取る人々の姿からは、日常生活における価値観の違いが際立って見えた。

北村韓屋村にも近い人気ベーカリー「ARTIST BAKERY」
北村韓屋村にも近い人気ベーカリー「ARTIST BAKERY」

光化門前では弾劾賛成・反対の双方が集会を開催していた。弾劾賛成派は「尹大統領罷免」と書かれた無料のプラカードを配ったり、署名を集めたり、それぞれの活動を展開している。憲法裁判所前の尹支持派に比べると組織的な行動に見える。年齢も若い。

弾劾賛成派の集会(ソウル・光化門)
弾劾賛成派の集会(ソウル・光化門)

2024年12月の非常戒厳から弾劾訴追案の可決に至るまでの時期は、集会でK-POPアイドルの歌が流され、参加者がペンライトを降って弾劾を呼び掛ける姿が注目された。だが今回はペンライトを持つ人は見当たらなかった。

光化門前広場は世宗大王像の手前が警察のバスで仕切られ、市庁方面に向けて弾劾反対派の集会が開催されていた。仕切り一つ隔てて、全く異なる考えを主張する人々が集まっているわけだ。

弾劾反対派(尹支持派)の集会(ソウル・光化門)
弾劾反対派(尹支持派)の集会(ソウル・光化門)

光化門で集会をしている弾劾反対派はキリスト教系の「サラン第一教会」と呼ばれる団体が主体だ。弾劾反対派の中も複数に分かれ、分断が進んでいる。

李在明「共に民主党」代表の踏み絵
李在明「共に民主党」代表の踏み絵

集会場所の歩道には李在明代表や、国会で弾劾訴追案が可決された当時の与党「国民の力」の韓東勲(ハン・ドンフン)代表らの姿が描かれていた。

「裏切り者?」韓東勲「国民の力」前代表の踏み絵
「裏切り者?」韓東勲「国民の力」前代表の踏み絵

「敵」と「裏切り者」を「踏み絵」にすることで支持者の結束を図ろうとしている。

26日には最大野党代表の判決

そして週が明け、韓国で政局を揺るがす運命の1週間が始まった。

憲法裁は24日、韓悳洙(ハン・ドクス)首相に対する弾劾請求を「棄却」する決定を下した。8人の裁判官のうち5人が「棄却」、2人が「却下」、1人が「認容(弾劾を認める)」という結果だった。職務を停止されていた韓首相は、即座に首相職に復帰した。

弾劾請求が棄却され職務復帰した韓悳洙首相
弾劾請求が棄却され職務復帰した韓悳洙首相

韓首相に対する弾劾の棄却決定は何を意味するのか。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾審判の行方にどのような影響をもたらすのか。

韓国国民の目が司法の次なる判断に注がれている。

それだけではない。26日には李在明代表の公職選挙法違反に関する控訴審の判決が控えている。検察側は懲役2年を求刑しており、有罪判決となれば大統領選出馬にも影響が及ぶ。

野党トップへの判決が出た後、尹大統領への弾劾審判の結果が出されるとの見方も出ている。「28日に宣告」という説も語られている。

尹錫悦大統領の弾劾審判の結果は?
尹錫悦大統領の弾劾審判の結果は?

いずれにせよ、この1週間は韓国社会にとって大きな正念場となりそうだ。

弾劾賛成・反対集会の現場を歩いてみて、保守・革新陣営のそれぞれが相手を敵対視し攻撃しあう「不寛容」な現実が一層深化していると感じた。また、政治に無関心な無党派層や中道層とのギャップも広がっているように見えた。

一連の司法判断の結果は、韓国社会を覆うこの抜きがたい「分断」をさらに激化させる可能性が高い。

韓国憲政史上初となった現職大統領の逮捕、そして大統領出席の下での弾劾裁判は、韓国社会に既存の秩序崩壊と再編をもたらす歴史的な分岐点となるのかもしれない。

(執筆:フジテレビ客員解説委員、甲南女子大学准教授 鴨下ひろみ)

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。