長野県栄村の秋山郷にある唯一の給油所「秋山SS」が、豪雪地帯の暮らしを支えている。人口減少やガソリン価格高騰の影響を受けながらも、地域にとってなくてはならない存在となっている日常を追った。

「なくなったら困る」住民の声

雪道の先にガソリンスタンドが見えてきた。

ここは新潟県境の栄村・秋山郷。

新潟・津南町へ出ないと辿り着けず、「秘境」と呼ばれてきた。

秘境・秋山郷
秘境・秋山郷
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「秋山SS」は地域唯一の給油所だ。

この日は大雪。雪かきをするスタッフの砂川界さん(32)は、山梨県出身で、3年前、地域おこし協力隊として秋山に移り住んだ。

「天気予報を見て降りそうだったらちょっと早めに起きて(雪かきを)やるんですけど、きょうは積もりましたね」と砂川さんは話す。

午前9時、1台が入ってきた。住民の男性は「(燃料が)3分の1くらいしかないから役場まで行けない」と言う。男性は住民を歯科診療所まで送迎する業務を村から委託されている。

給油するスタッフの砂川界さん(左)と住民の男性
給油するスタッフの砂川界さん(左)と住民の男性

「これから役場のところまで、歯医者があるんですけど、予約のお客さんを送っていくんです。(給油所は)なくなったら困ります、農作業にも影響する、除雪ができない」と男性は話す。

経営難でも「地域のために」

住民の暮らしを支える「秋山SS」。できたのは1980年代だ。

福原和人社長は「以前は冬になれば、まさしく交通も遮断されるような僻地だったんで。ドラム缶から直接燃料をポンプアップして入れてた時代だから、それに比べたらここに来れば立派な計量機から入れてもらうってことは、すごく画期的なことだった」と振り返る。

福原和人社長
福原和人社長

待望の給油所だったが、経営は徐々に厳しさを増していった。秋山の住民は現在、158人。30年前の4割程度だ。

人口減少だけでなく、近年はガソリン価格の高騰で安い隣の津南町で給油する人も多く利用者が減っていった。

1月8日時点でも「秋山SS」がレギュラーガソリン1リットル186円だったのに対し、津南の給油所は178円と、8円の差があった。

津南町のスタンドより8円高い「秋山SS」(1月8日時点)
津南町のスタンドより8円高い「秋山SS」(1月8日時点)

経営難から3年前、前の業者が撤退を決定。地元で旅館や山小屋を営んでいる福原社長が引き継いだ。

「町場から30km奥に入ったところで、いざ燃料補給、特に灯油なんかは利用者の所に届けられなくなるというのは、ここに住んでいて一番困るんだよね。なんとか地域のために存続してくれという声もある中で、かなり悩んだ。最終的に地域のために頑張ろうかということで」と福原社長は語る。

除雪車への給油も担う

秋山SSに電話がかかってきた。「はい、秋山スタンドです。昼ですか?今?ちょっとまだローリーの雪掘り出していないんで」

「(電話は)配達ですね。除雪車の。朝の4時ごろに雪崩で出動して、いま戻ってきたみたいで」と砂川さんは説明する。

急いでタンクローリーの雪を下ろして給油へ向かう。除雪車が動かなければ秋山は雪に閉ざされてしまう。

もともと東京でシステムエンジニアとして働いていた砂川さん。秋山のある文化に憧れて移住した。

「ウサギ、シカ、イノシシ。獲物がいれば、鉄砲を持って出たりもします」と話す。

秋山郷は「マタギの里」。秋田のマタギが猟を伝えたとされ砂川さんは猟を習っている。

秋山郷は「マタギの里」
秋山郷は「マタギの里」

国道の駐車スペースに止めてあった除雪車に給油。「115リットルですね。今朝の4時から動いているらしいので、4時から動いてこれくらいですね」と砂川さんは言う。

給油所は「憩いの場」に

後日、再び秋山を訪ねると積雪は2mを超えていた。晴れていたこともあり、この日は住民が続々と給油に訪れる。

ある住民は「(給油は)3日に1回くらいのペースで。ここになければ、車で1時間離れたところまで取りに行かなければいけないから」と話す。

午後3時、高齢の男性が歩いて来店。近くに住む福原一郎さん(99)だ。「(ここはどんな場所?)遊びの場所。これなきゃ不自由なんだ」と福原一郎さんは言う。

砂川さんは「燃料買う場所以外にも、文字通り『油売る場所』ってことですね」と説明する。

給油所は冬の憩いの場にもなっていた。

ふらっと立ち寄った福原一郎さん(99)
ふらっと立ち寄った福原一郎さん(99)

「(住民と)ここでお茶飲んだり、話しするのは好きなので楽しいですね。今、人生で一番楽しい時期なので、ここにはこれからも居続けたいと思います」と砂川さんは語る。

「一緒に生き続けるべき」

秋山郷を支えるいわば「インフラ」となっている給油所だが、現在のガソリン価格の高騰は利用者の更なる減少を招きかねず、福原社長は影響を懸念している。ただ、そこに暮らしがある限り、給油所は地域と共にあるべきだと言い切る。

「秘境」の暮らしを支える「秋山SS」(1月16日)
「秘境」の暮らしを支える「秋山SS」(1月16日)

「困っていることがあれば、そこになんとか手を差し伸べて、お互いに助け合う。人数の多い少ないに関係なく、秋山地区に人が暮らしている以上は、ずっとこのスタンドも一緒に生き続けていくべきだろうなと思います」と福原社長は語った。

(長野放送)

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