自然豊かな宮崎県綾町に、全国でも珍しい、養蚕から染織までを一貫して行う工房がある。手つむぎにこだわって生み出された絹製品の色と光沢。世界で最も高貴な色といわれる幻の色「貝紫」を現代に蘇らせ、貝紫ショールを当時の皇太子妃・美智子さまへ献上した。83歳になった今も技術に挑み続ける、現代の名工・秋山眞和さんに迫る。
宮崎県綾町にある工房

国内最大規模の照葉樹林に抱かれた宮崎県綾町。この自然豊かな町に、養蚕から糸紡ぎ・染織まで、布づくりに必要な工程をすべて手作業で行う工房がある。

ここで生み出される着物や帯、ショールなどの織物は、その美しい色調・光沢で多くの人を魅了する。
綾の手紬染織工房を主宰する秋山眞和さん83歳。秋山さんが綾に工房をつくったのは、今から約60年前、25歳のときだった。

綾の手紬染織工房 秋山 眞和さん:
みんなと同じ技術を追及するんじゃなくて、回れ右してみようと。「自分たちで作ったんだ」と堂々といえるような織物を作りたい。宮崎の織物を宮崎で作ろうと。
蚕「小石丸(こいしまる)」の糸

養蚕では、光沢があり、軽く、丈夫な糸を出し、染まりやすい「小石丸」という蚕を育てている。
小石丸でできた糸は、交雑種でできた糸よりもとても柔らかく、手触りもいいという。
幻の色「貝紫」を復活させた

秋山さんは 染めにもこだわり、一度はその技術が途絶え幻の色となっていた「貝紫」を1982年に復活させた。

綾の手紬染織工房 秋山 眞和さん:
天然染色のすべてをやってみようということの一つで、最後まで残っていたのが貝紫だった。この色を出そうと思ってからできるまでに、四半世紀かかった。
当時の皇太子妃・美智子様に献上

秋山さんは、「貝紫」を使って作ったショールを、当時の皇太子妃・美智子様に献上した。美智子さまは1984年に皇太子妃として、2004年に皇后陛下として宮崎に来県された際、2回とも貝紫のショールを身につけてこられた。2004年には綾町も視察された。


綾の手紬染織工房 秋山 眞和さん:
美智子様は色についてお詳しい。手近に持っていただいているということは、本当に光栄なこと。

世界で最も高貴な色といわれる「貝紫」を復活させた功績もあり、秋山さんは1995年、国の「現代の名工」に選ばれた。
一本一本丁寧に
現在工房では、秋山さんの技術に魅せられた8人が働いている。

二上 拓真さん:
秋山さんは、やるって決めたらそれをやる。貝紫でもそう、小石丸でもそう。技術が先行してというよりは、やってきた結果、技術がついてきたのではないかと思う。

この日は着物を織るため、図面に合わせて糸を一本一本並べる作業などが行われていた。それから2週間後、工房では、着物を織る作業が始まっていた。

綾の手紬染織工房 秋山 眞和さん:
急いでバッタンバッタン織ってもいいが、糸が切れることを考えると、ゆっくり切れないように織ったほうが、結局早くなる。

蚕の繭から糸をとり、その糸を染め、一本一本丁寧に織り、一枚の布を形あるものにする、かかる時間は1年以上。それでも「やるなら最高のものを」。秋山さんの作品からは、手つむぎでしか出せない温かみが伝わってくる。

綾の手紬染織工房 秋山 眞和さん:
なんでもかんでも自分のところでやろうというのが、楽しみだった。入り口はどうであろうと、「やるとしたら徹底してやれ」ということ。
多くの人を魅了する作品の数々。そこには 妥協を許さない、秋山さんの職人としての強いこだわりがあった。
(テレビ宮崎)