2023年4月15日、和歌山県和歌山市の漁港で、選挙応援中の岸田総理大臣の近くに爆発物が投げ込まれた襲撃事件から1年が経った。安倍首相銃撃事件の教訓から警備体制を充実させ、警備計画段階から警察庁が計画内容を確認するなど組織として万全の体制で臨んだわけであるが、結果として襲撃事件を防ぐ事ができず、社会に大きな衝撃を与えた。
この記事の画像(8枚)事件を受け、警察では警護計画などの検証が行われ、現場における警護も変化している。
例えば、聴衆に対する手荷物チェックや金属探知機での検査を実施する機会が増えたほか、主催者側に要人と聴衆との距離をあけるよう要請する働きかけも行っているが、実際は有権者の反発を買いたくないと主催者側が忌避する声も聞かれるといい、課題は残る。
ローンオフェンダー対策の難しさ
事件は、特定の組織・団体などに属さずに、個人単位でテロを行ういわゆるローンオフェンダーによる事件であったが、ローンオフェンダー対策は極めて難しく、課題が多い。
警察は従来、例えば選挙期間中であれば、過激派メンバーらの顔を知る「面割り捜査員」を会場に配置し、時には群衆に紛れ込んでその把握を目指す。過激派によるテロを起こさせないよう警戒に当たってきたが、そもそもローンオフェンダーはそれ自体の把握が困難である。
例えば、極左やISIL等の過激思想や過激手法に及ぶ思想をもつ集団・組織に属する人間であれば、「集団・組織」という属性に関連する情報と紐づけることで、ある程度事前に把握することが可能である。しかし、ローンオフェンダーのように個人単位でその思想を過激化させた者には、関連し紐づけるべき情報が少ないため、事前の把握は困難だ。
公安は、極左暴力集団やテロ組織、諜報活動に関する情報を日々収集しているが、ローンオフェンダーといった個々人まで緻密に情報を収集するのは、人員面を含め限界があるといった問題もある。
実際、当局は安倍元首相を銃撃した山上被告について、把握していなかった。
単独テロ犯の96%は“コンテンツ”を制作
一方で、ローンオフェンダーはその犯行前に、銃砲や爆発物の製造方法を調べるほか、犯行前後にインターネットに書き込みを行うことも少なくはない。
米FBIの「Lone Offender Terrorism Report」に よれば、1972年から2015年の間に米国内で発生した単独犯のテロ事件を調査したところ、96%が、他人に閲覧されることを意図した文章やビデオ(以下「コンテンツ」)を作成し、48%は犯行前にコンテンツを制作、8%は攻撃後、44%が攻撃前と攻撃後の両方でコンテンツを制作していたという。
あくまで米国の例ではあるが、その予兆は確かに存在するのだろう。
例えば、安倍元首相銃撃事件の山上被告は、事件前に「オレが憎むのは統一教会だけだ。結果として安倍政権に何があってもオレの知った事ではない」などと、予兆となる内容を投稿していた。
予兆の判断が困難な場合も
一方で、岸田首相を襲撃した木村隆二被告のケースでは、インターネット上の情報からではその予兆の判断が難しい。
木村被告は、市議選において公職選挙法の年齢要件で立候補できず、国家賠償請求を起こし、事件前に、SNSに被選挙権に関する不満を示す投稿を行っていた。更に、銃の製造方法をインターネット上で調べていたことが明らかになっている。
まず、ネット上で銃の製造方法を検索していた状況は、警察が木村被告の使用端末を解析したことによって判明した事実なので、事前に把握することはできない。
では、SNSにおける投稿の内容(国家賠償請求の事実も含め)をもって、ローンオフェンダーになり得ると結論づけられるだろうか。インターネット上の情報から予兆になりうる情報を広範に収集するのは不可能ではないが、予兆と判断することが難しいケースもあるのだ。
警察庁はインターネット・ホットラインセンターにおいて、爆発物や銃砲に関する情報の収集を開始したほか、サイバーパトロールセンターでは、これまで爆発物や銃、犯罪につながる情報について、キーワードを指定して検索するなどしてインターネット上の情報を収集していた。新たにAIにより文脈を解析して犯罪につながる情報を検知する取り組みも開始し、情報収集を強化している。
このように警察がその予兆情報を収集することは可能だろうが、前述のように予兆と判断することが難しく、周辺情報も集め広範かつ深く情報を収集し、総合的に判断していく必要がある。
このような状況下で、警察側が国民の情報を監視し、プライバシーを覗くのではないかと懸念する声も聞かれる。しかし、もはや性善説に依拠して警護が行われるような状況ではなく、警察に求められる警護レベルも従前のものと比較して高度化している。
警護における手荷物検査やインターネット上の情報収集なども含め、国民がどこまで許容するのか議論していかなければならない。
予兆は現実空間でも予兆情報は当然、インターネット上だけではない。
前述の木村被告は、インターネット上の情報や国家賠償請求の事実だけを見れば、予兆情報とは判断できないだろう。しかし、木村容疑者は自室でパイプ爆弾や火薬を自作したとされ、材料はインターネットや店舗で購入していたという。
例えば、店舗で爆発物の材料となる化学薬品を購入していた場合は、店舗から交番などに情報提供があればその予兆がつかめた可能性もある。実際に、2007年、男が鉄道で「自爆テロ」を計画した事件では、爆発物の材料となる薬品を注文した男を不審に思った薬局の通報で、男は未然に検挙された。
よって、当然ながら、インターネット上に存在し得る「他人に閲覧されることを意図した“コンテンツ”」や、現実空間での予兆に関する情報を収集・集約・分析していかなければならず、そのためには、組織を超えた情報の集約・連携が必須だ。実際に、一連のローンオフェンダーによる事件を受け、都道府県警の一部では、関連情報を警備部門に集約する取り組みを始めている。
更に言えば、警察と民間事業者、我々社会における情報も適切に連携されなければならない。
行政・警察に加え、社会も一体となって、「テロ」に対応すべき局面にきているのだ。
【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】